k's point of view

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羽生善治永世7冠「棋士の存在価値とこれまでの人生」

羽生善治氏の,永世7冠の取得に際しての会見の一部の要約。報道機関もフリーランスも含めて記者の質問は結構しょうもなかったが。

 

 

将棋の定跡と「温故知新」

 

流行の移り変わりが早くなってきており、それにキャッチアップしていくというのは、厄介なこと。かなりそれだけでも時間と労力を費やさないといけなくなってしまうので。

ただ,過去にあった定跡、その定跡系の中でやってしまうと、なかなか自分の発想とかアイデアを使いにくいという面があるので、そういう局面を目指す時には、最先端のかたちを知っておくというのは大事だと思っている。

 

 

なぜ将棋ソフトの手が「温故知新」になるのか

 

コンピュータは膨大な情報を生み出す。それを受け入れるか、受け入れないかは、人間の美意識によるところが非常に大きい。過去にあったものは、過去にあったということにより、人間にとっては受け入れやすいものなので、そういう「温故知新」のような部分がある(に過ぎない)。

 

 

AIとの対局について

 

(今年の将棋界で大きな話題になったのが、「Ponanza」に佐藤天彦名人が負けたこと。そのときに初手3八金、こういう思いもかけない手を出してくるということで、コンピュータソフトを作っている人からは、「もはや人間の指す手が邪魔になるほど進歩している」ということを言っている状況に来ている。という記者からのしょうもない指摘に対して※)

将棋のソフトはまさに日進月歩の世界で、1年経つとかなりのスピードで強くなって上達しているというのが、現状。人間が考えていくところには、やはりどうしても盲点・死角,すなわち考えない場所・箇所がある。

経験を積むほど「経験の中で手を狭めて読む」ようになるが、それは言葉を変えると発想の幅が狭くなるということでもあるので、これから先,人間が将棋を上達していくときに、そのコンピュータが持っている、人間が持っていない発想とかアイデアを勉強し、吸収して、上達していくっていう時代に入ってくると思われる。

それがずっと並行して同じように進化するかどうかは未知数で、もう数年経ってみないとわからないと思う。

コンピュータは非常に強くなっているが,完璧な存在ではなくてミスをしているケースもある。もちろん、人間もミスをする。ただ、考えている内容や中身はまったく違うので、それを照らし合わせて分析して、前に進んでいくというのが一番理想的なかたちなのではないか。

 

※  筆者注)

なお,この「初手3八金」は,観点がずれており,PONANZAの初手は22手の選択肢からランダムに選ばれるように設定してあるというにすぎない。これは練習用に佐藤叡王にソフトの貸し出しを行った為、特定の作戦をたてられないようにするという、開発者側の作戦だったと言われている。

 

 

物事の上達

 

最初のほうは、基本や基礎があるので、それはしっかり学んで取り入れて、そこから先は,自分自身のアイデアや発想を大切にして指していく必要がある。

それが結果に結びつかなくても、失敗したとしても、そういったことを伸ばしていくことがとても大事。 将棋が上達するところ、必ず右肩上がりで上達するということではなく、あるところまで急に伸びて、そこから平行線で停滞する時期があり、また伸びていくという繰返しで、ちょっと「伸び悩んでしまったな」ということを感じたのであれば、今までとは違う練習方法をやってみるということをお勧めする。 例えば、実戦ばかりやっていたとしたら、やり方を変えてみて、詰将棋を取り入れてみるとか。あるいは対局が終わった後に、感想戦といって分析や検証をする時間を増やしてみるとか。少し工夫することによって次のステップに進んでいくことができる。

 

 

モチベーションは天気みたいなもの

 

モチベーションに関して、何十年やってもなかなか安定しないというのが実情。天気みたいなところもあるので、その日になってみないとわからないというところはある。 ただ、今年引退した加藤一二三先生のように60年以上にもわたって現役生活を続けた先生もいるので、そういう情熱を持って可能なかぎり前に進んでいけたらいいなという気持ちは持っている。

 

 

 

藤井聡太四段の活躍について

 

中学生で棋士になって連勝記録を塗り替えたということだけでもたいへんなことだが、それにも増して,棋士になる基準は時代によって変わっていっており、今は過去の中でも一番厳しい時代、棋士になるのが難しい時代になっている。

その時に最年少の記録を塗り替えたというところに大きな価値があるのではないかなとは思っている。

また,まさにこれから成長期というかまた伸びていく時期で、どのように成長していくのか非常に関心を持っている。

世代が違うと、言葉を話しているのと同じように、意味はわかるがニュアンスとか使い方が違うということがあるのと同じように、将棋もルールは同じなんだけど自分の目から見るとちょっと意外な手を指されるとかそういうことがあるので、そういう意味では非常に対戦するのを楽しみにしている。

 

 

将棋の国際化

 

もともと将棋の発祥は、古代のインドで、現在とくにアジアは1国に1つ、その国の将棋がある。将棋を普及していくというときに、日本の将棋だけを広めていくということだけではなく、交流するツールの1つとして、将棋というものがあるというのが、非常に良いと思っている。 囲碁ほど国際化は進んでいない現状ではあるが、実際国際化は始まっている。 駒の漢字をどうするかというテーマは、ときにそういう海外とかで普及をしている人とか、あるいは海外で将棋を楽しんでいる人などで、ときどき出る話ではあるが、今のところは将棋を始めている外国人の人たちは、将棋だけに興味を持っているというよりも、日本の文化や、歴史,伝統も合わせて関心を持っているという人たちが多いので、今のところは現状のままいくようなところかなと考えている。

 

 

棋士の存在価値が問われている

 

例えば、棋士同士が対局をして棋譜を作る。これがコンピュータ同士であれば、24時間365日大量の対局をして棋譜を作ることが実際にできてしまうので、「その棋士の存在価値というのがなんなのか」ということを、問われているという状況にある。それはまさに、対局をする姿、背景、あるいはその周りにある環境、そういうものを含めたすべてのところにおいて、たくさんの人たちに魅力を感じてもらえる世界にしなくてはならないということを痛感している。そういう意味ではこれから先、特にどう伝えるかという面での工夫が求められているときに来ている。

 

 

巡り合わせ

 

小学校2年生で将棋クラブに入り、そのときにはあまり、すごく強いというわけではないというところから将棋を始めた。そこからここまでの道のりを振り返って、自分としては,非常に巡り合いに恵まれた人生だと思っている。そんなに将棋を指すという家庭ではなかったし、たまたま将棋を教えてくれる友達がいて、たまたま住んでる街に将棋のクラブがあってという、さまざまな幸運が積み重なってここまで来ることができた。そういう縁、巡り合わせみたいなものが非常に大きかったと思っている。

 

 

「玲瓏」

 

山の頂から眺める澄んだ景色で,そういう景色とか心境みたいなものを理想としている。なかなか実際は難しい。まっさらな気持ちというのは(笑)。しかしそこを目指してやっていきたいと思っている。