k's point of view

経営を本業とし,その現場で毎日活動しています。このブログは,旧司法試験の問題を中心に,新たに実務的視点で考えてみるブログでしたが,最近は,ビジネス関連の雑考や法律・ビジネス関連の書籍紹介の記事が多くなっています。

#SEALDs #夕張市の買収シナリオ #育成論 #勉強論 #家庭のマネジメント #弁証法

昨日,先日知り合った人から,ぜひ「英語の勉強について話を聞かせてほしい」といわれて飲みに行った。

 

tokyo.uoman-group.com

 

そこでいろいろな話をしたが,弁証法的なものの考え方の重要性について話が及んだ。

 

物の考え方の一つの型。形式論理学が、「AはAである」という同一律を基本に置き、「AでありかつAでない」という矛盾が起こればそれは偽だとするのに対し、矛盾を偽だとは決めつけず、物の対立・矛盾を通して、その統一により一層高い境地に進むという、運動・発展の姿において考える見方。図式的に表せば、定立(「正」「自」とも言う)Aに対しその(自己)否定たる反立(「反」「アンチテーゼ」とも言う)非Aが起こり、この否定・矛盾を通して更に高い立場たる総合(「合」「ジンテーゼ」とも言う)に移る。この総合作用を「アウフヘーベン」(「止揚」「揚棄」と訳す)と言う。

弁証法とは - Google 検索 

 

壁打ちという用語がある。一人で考えて答えを出すより,パートナーとあえて議論を戦わせてみることで,よりよい答えにたどり着くという感覚が,みんなあると思う。

 

その時は反論・反証ばかりしていると角が立つので,「あえて議論のために言うけど」と前置きして,しかし反証を挙げてみてあげるとパートナーとしては良いと思う。

 

AならばBに対して,本当にAが存在するか,AからBには飛躍がないか,AとBは因果関係が逆ではないか,AとBはCからの論理的帰結でAもBも同時的に発生している結果にすぎず表層的な因果関係にすぎないのではないか,Bと思っているものが実はDではないか,話者の望ましいと考えているBというものが実際望ましくもなんともないのではないか,など,論理の穴をついていくことが反論であり,AならばBでないサンプルを上げていくのが反証である。

 

たとえば,子育てに関して。

 

子Aがパティシエになりたいとする。母親Bはこれを応援したいとする。父親Bはこれに反対し,「パティシエになれなかった時のために,塾に行かせて保険をかけたほうがよい」と言ってきたとする。この父親Bの言明について,反論・反証をいくらでも考えることができる。

 

という話。

 

 

ここで話は展開する。知り合いの会社でsansanという名刺管理の会社がある。

jp.corp-sansan.com

 

名刺管理で世界トップと行っていい企業だ。ここの幹部に以前話したのは,「敢えて名刺のない世界を志向するチームをsansan内に作ってみるべき」ということである。組織内での弁証法である。おそらくいろいろなメリットがあると思う。

 

 

批判の多いSEALDsをあえて擁護してみる。安全保障のためだけで雲散霧消するのではなく(思い出作りか?),自分たちで国会・内閣・裁判所を作ればよかった。SEALDs憲法を作り,SEALDs国会を作り,SEALDs国会議員選挙を行い,SEALDs国会で法律を作り,などである。新進気鋭の学者や実務家を参考人で招致し,ピケティの言うような富の再配分システム,教育制度,いまだにトンネルやビルを作っている古いコンクリート公共工事ではなく,ITという広大なインフラ建設へシフトした「日本列島改造計画」,人口動態に対応する移民の是非,ブロックチェーン技術を活用した通貨発行権の帰属・仕組み,企業のイノベーション・産業の育成を国家でどう後押しするかなど,政治哲学で論じられそうな問題を正当に取り上げ,国のデザインをしてみるのである。実際に実行できる施策もあるかもしれない。おじいちゃんばっかりの国会ではなく,20代,30代,40代の若い人たちで国を作っていかないといけないと考え,実行する。政党を作り実際に国会に人を送り込むこともできる。

 

 

国や地方公共団体も買収できると考えてみる。夕張市の買収シナリオを考えてみる。スーパー金持ち企業が夕張市の債務を引き受けしてリスケしてあげて(100年弁済),そこをマーケットにする。夕張の特産品も国内海外にその企業が拡販する。市長・市議会議員を輩出する。これによって一つの市をあたかもバイアウトしたということはできないだろうか。それを片手間でできる財力のある会社は日本をとってみてもいくらでもある。実際刈谷市などは税収の半分がトヨタグループで,議員の半数も連合だが。

 

 

育成論について。平均が一番危ないと考えてみる。学校の勉強をみんなと同じようにやって70点を取ったとする。親は80点を取らせようと塾に行かせる。これは残業に等しい。残業して80点を取ったとする。これでは単位生産性は上がったことにならない。逆に学校の勉強だけでよいと言ってあげたとする。その代わり残りの時間は自分の将来に向けてのことに,自分で決めて取り組みなさい。と。また,学校・塾という同質空間だけに帰属させておくことが危険だと考えてみる。といった思考方法である。

 

 

勉強論について。80点を取った子供に90点を取らせようとしたとする。おそらく発展的なことをさせようと普通はする。しかし逆に,90点をとれないのは基礎がまだしっかりしていないからではないかと考えてみる。知識のドーナツ化現象を警戒してみる。教科書を何度回したかを再度確認する。どこに何が書いてあるかを思い出せるまで取り組んだかどうか,英語なら英語であればニューホライズンのその週に学んだことの例文をネーティブ発音で暗誦できるかどうかを確認する。塾が要るのかどうかを徹底的に疑ってみる。

 

 

家庭のマネジメント論について。家庭については現状は全く「是」ではないと考えてみる。特に共働きになって役割分担が難しくなり,リーダー不在になり,家庭の組織としてのマネジメントが危機に陥っていると考えてみる。そのためのコミュニケーションツールが必要と考えてみる。組織のマネジメントの先進事例は軍隊であり企業でありスポーツクラブである。それを家庭に取り込めないかと考えてみる。ここで差異も見えてくる。マネジメントが発達したのは「組織目標」がはっきりしている分野である。業績や勝敗がはっきりするので。家庭はどうするか。ルーティンがあるだけ,状態(例「家が常にきれい」など)があるだけで,目標などはないのではないかという疑念が生じる。この点は「状態目標」という概念を導入する必要があるかもしれない。

 

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まとめ

 

弁証法的なものの考え方を取ってみる一例で,この他帰納法的,演繹法的,背理法的,いろいろある。ビジネスの仮説を立ててみる段階でなど,実験前の段階や実験の困難な分野には,弁証法は非常に有効と考える。