k's point of view

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刑法の緊急避難とカニバリズムの事例(ミニョネット号事件)

事例

1884年
7月5日、イギリスからオーストラリアに向けて航行していたイギリス船籍ヨットミニョネット号 (Mignonette) は、喜望峰から1600マイル(約1800キロメートル)離れた公海上で難破した。船長、船員2人、給仕の少年の合計4人の乗組員は救命艇で脱出に成功したが、艇内にはカブ缶詰2個以外食料が搭載されておらず、雨水を採取したり漂流5日目に捕まえたウミガメなどを食い繋ぐも漂流18日目には完全に底をついた。19日目、船長は、くじ引きで仲間のためにその身を捧げるものを決めようとしたが、船員の1人が反対した為中止された。しかし20日目、船員の中で家族もなく年少者であった給仕のリチャード・パーカー(17歳)が渇きのあまり海水を飲んで虚脱状態に陥った。船長は彼を殺害、で渇きを癒し、死体を残った3人の食料にしたのである。

そのため「カルネアデスの板」に見られる緊急避難を適用した違法性の阻却が考えられたが、イギリス当局は起訴。最初の裁判の陪審員は違法性があるか否かを判断できないと評決したため、イギリス高等法院が緊急避難か否かを自ら判断することになった。この事案に対して、イギリス高等法院はこれを緊急避難と認めることは法律道徳から完全に乖離していて肯定できないとし、謀殺罪として死刑が宣告された。

しかし、世論は無罪が妥当との意見が多数であったため、当時の国家元首であったヴィクトリア女王から特赦され禁固6ヶ月に減刑された。
ミニョネット号事件 - Wikipedia

 

 

1 現在の危難

 現在の危難は急迫性と同様に解されるべきである。将来予想される不正の侵害を防ぐための行為は、自救行為として正当化を検討することになる。

 強要されて犯罪行為を行う場合に緊急避難が認められるか、という問題は、あまり議論されてこなかったが、オウム事件における強要による緊急避難の事例に過剰避難を認めた下級審判決を契機として注目を集めた。通説は、自然現象による危難と人の強制による危難を区別する理由はないと解する。

 

2 やむを得ずにした行為(法益の衝突状況)

 やむを得ずにした行為といえるためには、行った避難行為以外に危難を回避するヨリ侵害性の少ない手段がなかったという意味での補充性が必要である。他の手段で危難を回避できるのであれば、保全法益と侵害法益との間には真の衝突は存在していないから、緊急避難として違法性阻却を認める必要性がないからである。

 法益衝突状態は、社会的な判定基準を必要とする。生命対生命の場合に緊急避難の適用を否定するのは、事実としては法益衝突状態にあっても(「補充性」はある)、規範的に法益衝突状態が否定されるからである。この判断は「相当性を欠く」という言葉で表現される。もちろん、相当性を否定する場合には、その理由をできるだけ明らかにする必要がある。例えば、雨傘事例(金持ちAは、自分が着ていた高価な着物をにわか雨から守るために、粗末な服を着た貧乏人Bから傘を奪った、という事例)は、緊急避難が否定される事例として多くの論者によって受け入れられているが、その理由は何であろうか。傘が必要であれば、買うか借りるかするべきだからと思われる。雨傘事例においても、傘が門前に立てかけてあって持ち主が不在であれば、傘を無断で持っていくことが許される場合もあろう。結論を左右するものは、規範的に見て法益衝突状態が生じているかという判断である。

 強制採血事例(医師Aは、すぐに手術をしなければ助からないBの生命を救うために、ちょうど定期健診にやってきたCから、その意思に反して採血した、という事例)は、相当性を肯定してよい。容易に再生する血液は、人格の本質的要素とまではいえないからである。

 相当性を要求する見解からは、自招危難に対する緊急避難が認められるかどうかは、相当性の見地から個別具体的に判断されることになる。

 A 意図的に危難を招いてその機会を利用して他人の法益を侵害しようとした場合

 判例では、危難の現在性を否定するものと思われる。学説からは、法益の全般的保護の必要性という実質的理由が挙げられている。

 B 故意又は過失により自ら招いた危難から第三者の法益を守ろうとしている場合

 緊急避難を制限することは適当ではない。例えば、車を運転していて過失で横断歩道を歩行中の5人を轢きそうになり、これを避けるためには急ハンドルを切って歩道を歩いている1人にけがを負わせるしかない場合に5人の生命の保護を否定するのは不当である。

 C 故意又は過失により自ら招いた危難から自己の法益を守ろうとしている場合

 法益の要保護性が相対的に減少していると評価して、保全法益が侵害法益に優越している場合に限って違法性阻却を認める解釈が妥当である。

 なお、BCいずれの場合についても、緊急避難が認められて避難行為について違法性が阻却されたとしても、別途、緊急避難状況を招いたことについての過失犯の成立を問題にすることができる。

 

3 害の均衡

 一般的な標準を導き出すのは困難であり、具体的事例に応じて社会通念に従い法益の優劣を決すべきである。考慮要素として挙げられるのは、①保全法益の性質、保全法益に対する侵害の確実性・危険の内容、②侵害法益の性質、侵害法益に対する侵害の程度である。

 

4 過剰避難

 過剰避難の規定が、害の均衡を失した場合に認められることは明らかであるが、補充性が否定される場合にも認められるかについては、裁判例が分かれている。補充性が否定される場合には、①他の法益を侵害することなく避難が可能な場合 ②誰かに危険添加することが必要であったが、より侵害の大きい対象を選択してしまった場合 ③危難を避けるために当該法益を侵害することが必要であったが、必要以上に侵害してしまった場合 が考えられる。過剰防衛が正当防衛状況の存在を前提としているように、過剰避難も緊急避難状況にあることすなわち法益の衝突状況にあることを前提としている。このことを考えると②③の場合には過剰避難を認め得るが、①の場合には認め得ない。

 

以上を踏まえたりして冒頭の事例をどのように考えるか,各自で考えてみてはいかがでしょうか。