【問題】
住民訴訟(地方自治法242条の2)の規定は、憲法76条1項及び裁判所法3条1項とどのような関係にあるかにあるかについて論ぜよ。 また、条例が法律に違反することを理由として、住民は当該条例の無効確認の訴えを裁判所に提起できる旨の規定を法律で定めた場合についても論ぜよ。
【問題の整理】
地方自治法の規定を確認しましょうか。このような条文を読み,制度構造を把握することは観念論,概念の遊びから脱却し地に足のついた議論をするために大変有効です。
・地方自治法 第9章 財政 第10節 住民による監査請求及び訴訟
第二百四十二条 普通地方公共団体の住民は、当該普通地方公共団体の長若しくは委員会若しくは委員又は当該普通地方公共団体の職員について、違法若しくは不当な公金の支出、財産の取得、管理若しくは処分、契約の締結若しくは履行若しくは債務その他の義務の負担がある(当該行為がなされることが相当の確実さをもつて予測される場合を含む。)と認めるとき、又は違法若しくは不当に公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実(以下「怠る事実」という。)があると認めるときは、これらを証する書面を添え、監査委員に対し、監査を求め、当該行為を防止し、若しくは是正し、若しくは当該怠る事実を改め、又は当該行為若しくは怠る事実によつて当該普通地方公共団体のこうむつた損害を補填するために必要な措置を講ずべきことを請求することができる。
3 第一項の規定による請求があつた場合において、当該行為が違法であると思料するに足りる相当な理由があり、当該行為により当該普通地方公共団体に生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があり、かつ、当該行為を停止することによつて人の生命又は身体に対する重大な危害の発生の防止その他公共の福祉を著しく阻害するおそれがないと認めるときは、監査委員は、当該普通地方公共団体の長その他の執行機関又は職員に対し、理由を付して次項の手続が終了するまでの間当該行為を停止すべきことを勧告することができる。この場合においては、監査委員は、当該勧告の内容を第一項の規定による請求人(以下本条において「請求人」という。)に通知し、かつ、これを公表しなければならない。
4 第一項の規定による請求があつた場合においては、監査委員は、監査を行い、請求に理由がないと認めるときは、理由を付してその旨を書面により請求人に通知するとともに、これを公表し、請求に理由があると認めるときは、当該普通地方公共団体の議会、長その他の執行機関又は職員に対し期間を示して必要な措置を講ずべきことを勧告するとともに、当該勧告の内容を請求人に通知し、かつ、これを公表しなければならない。
7 監査委員は、前項の規定による陳述の聴取を行う場合又は関係のある当該普通地方公共団体の長その他の執行機関若しくは職員の陳述の聴取を行う場合において、必要があると認めるときは、関係のある当該普通地方公共団体の長その他の執行機関若しくは職員又は請求人を立ち会わせることができる。
9 第四項の規定による監査委員の勧告があつたときは、当該勧告を受けた議会、長その他の執行機関又は職員は、当該勧告に示された期間内に必要な措置を講ずるとともに、その旨を監査委員に通知しなければならない。この場合においては、監査委員は、当該通知に係る事項を請求人に通知し、かつ、これを公表しなければならない。
(住民訴訟)
第二百四十二条の二 普通地方公共団体の住民は、前条第一項の規定による請求をした場合において、同条第四項の規定による監査委員の監査の結果若しくは勧告若しくは同条第九項の規定による普通地方公共団体の議会、長その他の執行機関若しくは職員の措置に不服があるとき、又は監査委員が同条第四項の規定による監査若しくは勧告を同条第五項の期間内に行わないとき、若しくは議会、長その他の執行機関若しくは職員が同条第九項の規定による措置を講じないときは、裁判所に対し、同条第一項の請求に係る違法な行為又は怠る事実につき、訴えをもつて次に掲げる請求をすることができる。
二 行政処分たる当該行為の取消し又は無効確認の請求
4 第一項の規定による訴訟が係属しているときは、当該普通地方公共団体の他の住民は、別訴をもつて同一の請求をすることができない。
6 第一項第一号の規定による請求に基づく差止めは、当該行為を差し止めることによつて人の生命又は身体に対する重大な危害の発生の防止その他公共の福祉を著しく阻害するおそれがあるときは、することができない。
7 第一項第四号の規定による訴訟が提起された場合には、当該職員又は当該行為若しくは怠る事実の相手方に対して、当該普通地方公共団体の執行機関又は職員は、遅滞なく、その訴訟の告知をしなければならない。
8 前項の訴訟告知は、当該訴訟に係る損害賠償又は不当利得返還の請求権の時効の中断に関しては、民法第百四十七条第一号 の請求とみなす。
9 第七項の訴訟告知は、第一項第四号の規定による訴訟が終了した日から六月以内に裁判上の請求、破産手続参加、仮差押若しくは仮処分又は第二百三十一条に規定する納入の通知をしなければ時効中断の効力を生じない。
10 第一項に規定する違法な行為又は怠る事実については、民事保全法 (平成元年法律第九十一号)に規定する仮処分をすることができない。
11 第二項から前項までに定めるもののほか、第一項の規定による訴訟については、行政事件訴訟法第四十三条 の規定の適用があるものとする。
12 第一項の規定による訴訟を提起した者が勝訴(一部勝訴を含む。)した場合において、弁護士又は弁護士法人に報酬を支払うべきときは、当該普通地方公共団体に対し、その報酬額の範囲内で相当と認められる額の支払を請求することができる。
第二百四十二条の三 前条第一項第四号本文の規定による訴訟について、損害賠償又は不当利得返還の請求を命ずる判決が確定した場合においては、普通地方公共団体の長は、当該判決が確定した日から六十日以内の日を期限として、当該請求に係る損害賠償金又は不当利得の返還金の支払を請求しなければならない。
2 前項に規定する場合において、当該判決が確定した日から六十日以内に当該請求に係る損害賠償金又は不当利得による返還金が支払われないときは、当該普通地方公共団体は、当該損害賠償又は不当利得返還の請求を目的とする訴訟を提起しなければならない。
3 前項の訴訟の提起については、第九十六条第一項第十二号の規定にかかわらず、当該普通地方公共団体の議会の議決を要しない。
4 前条第一項第四号本文の規定による訴訟の裁判が同条第七項の訴訟告知を受けた者に対してもその効力を有するときは、当該訴訟の裁判は、当該普通地方公共団体と当該訴訟告知を受けた者との間においてもその効力を有する。
5 前条第一項第四号本文の規定による訴訟について、普通地方公共団体の執行機関又は職員に損害賠償又は不当利得返還の請求を命ずる判決が確定した場合において、当該普通地方公共団体がその長に対し当該損害賠償又は不当利得返還の請求を目的とする訴訟を提起するときは、当該訴訟については、代表監査委員が当該普通地方公共団体を代表する。
【回答】
(設問前段)
原則と例外の関係
1.原則
司法権:具体的な争いが生じているとき、法を適用してその争いを解決する作用
→事件性が司法権行使の要件となる
事件性:特定の者の具体的な権利義務関係についての争いが存在していること
2.例外
個人の具体的な権利義務関係についての争いが存在していなくても、法令を適用することによって解決できる具体的争訟があり(内在的要件)、国権の最高機関が立法が政策的見地から手続を認めた場合(形式的要件)、例外的に認められる。
理由:
・憲法が禁止していない。
・法令の適用は必ずしも自然人や法人の権利義務関係のみになしうるものではない。客観的法規範(予算、法律と条例、機関の権限等)はあり、これも法の適用により紛争を解決する具体的争訟に近いと言うことができるものがある。
ただ、それにも限界があり、例えば統治行為のような高度に政治性の高い事項や、出訴要件が広がりすぎるような抽象的規範統制は、裁判所が政争の場となり司法への国民の信頼を毀損するおそれがあったり、国会や内閣の憲法上の権限を変更することにより憲法上の矛盾が生じたりするため、不可(司法権の外在的限界)。
3.まとめ
裁判所の権限は狭義的な意味での司法権の範囲よりは少し広く、立法により一定程度広げることが可能。ただし、裁判所の特性に根ざした司法権の本質からの内在的制約や、民主制とリーガルカルチャーのゆるやかな分離と相互牽制を掘り崩すような過剰な司法の抑制と言う要請による外在的制約に服する。
(設問前段の当てはめと設問後段)
条例無効確認訴訟に関しては、自治体がどことも争っているわけではなく、具体的争訟がなく単に抽象的規範統制となる。立法で認めたとしても、裁判所が解決すべき争訟がなく、裁判所は適切に機能しないため、当該立法は憲法76条1項に照らして無効とされる。
民主的基盤を有しない裁判所が、法令の解釈適用に名を借りて、条例の無効を宣言することにより実質的に立法作用を行うことになると、裁判所が政争の場と化し、裁判所に対する国民の信頼を害する。
また、条例制定者たる地方議会とそれを支える住民自治の理念を非民主的機関による統制で大きく害する恐れなしとしない。民主制とリーガルカルチャーのゆるやかな分離と相互牽制が今の立憲主義を支えている。
究極的には、すでに述べたように、憲法による権利の保護は、単純多数に基盤を求めるべきものなのです。原理上は、多数派の意見が憲法に直接に表現されていても、後世の憲法の再解釈に反映されていても同じことなのです。大切なのは、法律が多数派の、一時的な気まぐれでなく、熟考された意見を反映することなのです。その意味では、情熱や利害に影響されやすい憲法制定会議よりも、ゆるやかに進化してゆくリーガル・カルチャーに信頼をおく方が理にかなっているということができます。しかしながら、リーガル・カルチャーは法廷での決定に対するやわらかな制約にすぎず、憲法起草世代の意見でもなく現代の多数派の熟考された意見でもないものを反映する決定がなされる余地は、つねに残されています。それどころか、法廷が少数派のイデオロギーに――あるいは多数派の一過的な情熱に――振り回されることもありうるのです。
【参考文献】ヲタ〜いつの間にやら読書備忘録〜:人権について
――― こんな感じでどうでしょうか。
参考書籍
リーガルカルチャーの固有の正当性については,こちらのヤン・エルスターの論考を参照すると目からウロコです。プロセス憲法観に対するカウンター的見方があります。

- 作者: ジョン・ロールズ,スティーヴン・ルークス,キャサリン・マッキノン,リチャード・ローティ,ジャン=フランソワ・リオタール,アグネス・ヘラー,ヤン・エルスター,スティーヴン・シュート,スーザン・ハーリー,中島吉弘,松田まゆみ
- 出版社/メーカー: みすず書房
- 発売日: 1998/11/20
- メディア: 単行本
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また,正義論的観点も民主制とリーガルカルチャーの相互の分離・抑制均衡を理由づける大きな視点です。こちらも裁判所がどのように司法の場において正義を実現したかが,理論的バックグラウンドと合わせて学べる本で,話題先行でしたが,そういった観点で法律を学ぶ・関心があるみなさんにも読んでいただけるとよいかと思います。

これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
- 作者: マイケルサンデル,Michael J. Sandel,鬼澤忍
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