化学業界概観
以前に機会があり化学業界について調べてみたレポートを載せます。少し長いです。
1.化学業界
化学業界とは,化学技術を利用して製品を作る会社の集合をいう。化学技術とは,化学反応を用いた技術のみならず,化学物質や化学材料の持つ性能を十分に把握し,その知識を活用して製品を作る技術も含む。
(1) 化学製品の関連する諸分野
農業とかかわるものとして,化学肥料,農薬が代表的。窒素系化学肥料として,硫安や尿素がある。
食品とかかわるものとして包装容器,包装フィルムがあげられる。炭酸飲料用のペットボトルには,ガス透過性を低くしたポリエステル樹脂が使われている。加工食品の包装に使われているフィルムも化学製品である。これらの製品については,使用顔の包装容器がごみ問題を引き起こしており,物としてのリサイクル,エネルギーとしてのサーマルリサイクルが必要になっている。
水とかかわるものとして,水の浄化に用いられる凝集剤(硫酸アルミニウム,ポリ塩化アルミニウム),海水淡水化や超純水の製造に使用される逆浸透膜装置があげられる。逆浸透膜の工業化にあたっては,非対称膜製造技術,膜モジュール化技術の開発が鍵となった。
健康とかかわるものとしては,石けん,洗剤,医薬品,医療資材がある。
建築とかかわるものとしては,塗料,接着剤,プラスチック建材,断熱材があげられる。
自動車とかかわるものとしては,タイヤ,塗装,軽量化のためのプラスチック,ガソリン式からの転換に伴い必要となる化学製品があげられる。最後のものに関しては,燃料電池やリチウムイオン二次電池,プラスチック素材のさらなる導入が考えられる。プラスチック素材のさらなる導入は,電気自動車において可能になると考えられる。それは,ガソリン自動車のようにエンジンが高温になることがないからである。
電気電子機器とかかわるものとしては,絶縁材料として,ゴム,プラスチック,ケーシング材料,機能材料として,液晶パネルに使用される偏光フィルム,カラーフィルタ及び導光板の各部材,半導体集積回路に使用されるフォトレジストと呼ばれる光反応性プラスチック,半導体封止に使用されるエポキシ樹脂などのプラスチック樹脂があげられる。
記録メディアとかかわるものとしては,写真・映画のフィルムに用いられるポリエステル,CDに用いられるポリカーボネートがあげられる。また,DVD-Rなどには,強いレーザー光線によって反応する機能性色素材料が使用されている。これは,衣料用染料の範囲を超えた機能性色素としての活用といえる。
衣料とかかわるものとしては,合成染料,合成繊維があげられる。
その他,紙の製造工程に用いられる,苛性ソーダ,塩素,過酸化水素紙リサイクルに用いられる,脱墨剤や,印刷インキに用いられる,顔料にも化学製品は活用されている。
(2) 代表的企業(日本)
・家庭用化学品
花王,資生堂,コーセー,カネボウ,ライオン,小林製薬,ユニ・チャームが代表的。家庭用ということで,消費財の提供を行う会社といえる。
・樹脂成型加工
積水化学,豊田合成,東洋製罐,吉野工業所,大倉工業,エフピコが代表的。また,食品包装のラップフィルムや農業用に使われている塩化ビニルフィルムのように,塩化ビニル樹脂を生産する大企業が内製して大きなシェアを占めている分野もある。
最近は,製品の高付加価値化,機能化を図るために,大企業の樹脂会社が整形加工品まで手掛けることも増えてきた。電子情報材料に使われる機能フィルム,記憶メディアのDVD-Rは,大企業が作る樹脂精密整形加工品である。
・写真フィルム事業からの転換
写真関連事業が,デジタルカメラの台頭により斜陽化した。富士写真フィルムは,富士フィルムと社名を変え,非写真関連事業として,医療画像,印刷システム,フラットパネルディスプレイ材料(保護フィルム,視野角拡大フィルム,カラーフィルタなど多彩な機能フィルム),記録メディアを展開するようになった。
・医薬
武田薬品,アステラス製薬(山之内,藤沢),第一三共,エーザイ,田辺三菱製薬,大正製薬(ビオフェルミン製薬を子会社化)が代表的。
・ゴム製品
・印刷インキ
DIC(旧大日本インキ化学工業)
・塗料
・接着剤
アロンアルファで有名な東亜合成,木工用ボンドで有名なコニシ
・合成繊維
旭化成,東レ,帝人,三菱レイヨン,クラレ東洋紡が代表的。各社は合成繊維で培った化学技術を生かしながら,事業構造転換を完了した。
旭化成は,炭素繊維を使用した航空機材料等,中空糸を使用した人工腎臓,超極細繊維を使った人工皮革,
・産業ガス(酸素,窒素,アルゴン,アセチレン,半導体材料ガスなど)
太陽日酸,エア・ウォーターなど。
・基礎化学品
三菱ケミカルホールディングス(三菱化学,三菱樹脂,田辺三菱製薬),住友化学,三井化学があげられる。
・無機化学
信越化学(シリコーン製品),日亜化学(窒化ガリウムによる青色LED),昭和電工(ハードディスク事業),トクヤマ,東ソー
・独自分野を持つ会社
フッ素化学ではダイキン工業,旭硝子,天然ガス化学では三菱ガス化学,セルロース化学ではダイセル化学工業,酸化反応では日本触媒がそれぞれトップランナーである。
・電子情報材料
JSR(フォトレジスト),日本ゼオン(シクロオレフィンポリマー),日東電工(半導体封止材料),イビデン(プリント配電板,ICパッケージ基板)は,電子情報材料で大化けした会社といえる。
(3) 代表的企業(諸外国)
デュポン,ダウケミカル,BASF,バイエル,3M,洗剤会社(P&G,ユニリーバ,ヘンケル),エボニック,石油会社の化学部門,DSM,台塑関係企業,SABIC,モンサントが有名。
3 今後の化学業界
(1) エネルギー問題からの飛躍
燃料電池に期待が高まっている。キーマテリアルは高分子電解膜や触媒である。また,燃料である水素を製造する技術,運搬貯蔵する技術の開発にも化学が重要なカギを握る。
水素をどのように得るのかが,エネルギー問題解決の視点からは最大のポイントといえる。
太陽電池にも期待が高まっている(後述(4)「電池工業」参照。)。
また,石油依存からの脱却に際しては,リチウムイオン二次電池のさらなる開発(軽量化等)は欠かすことができない。
(2) 照明革命
白熱灯全廃キャンペーン(経済産業省)。白色LED,有機ELの実用化が待たれる。無機化学と有機化学の競争といえる。
(3) ケミカルリサイクル産業
紙,アルミニウム,鉄などに比べて,化学製品のリサイクル率は劣っている。化学工業の中にリサイクルを組み込むことは,残された重要課題である。
(4) ナノバイオテクノロジー
ナノ材料を作るのにバイオテクノロジーを使おうという技術である。応用展開が期待される分野として,ナノバイオマテリアル(ナノ構造形成など),再生医療(細胞シートなど),ドラッグデリバリーシステム(DDS),バイオチップ(DNAチップなど),バイオセンサ,マイクロ分析(Lab-on-Chipなど),名のマシン,バイオエレクトロニクス素子。
4 化学業界の現状及び課題
より経営戦略的な観点へ目を移したい。化学産業をめぐる環境変化としては,国際的な需要構造の変化及び供給構造の変化,環境問題への対応の高まり,ビジネスモデルの変化,研究開発・人材育成の問題が生じている。
国際的な需要構造の変化とは,具体的には,リーマンショックに端を発する先進国の不振及び人口増加・経済発展に伴う新興国の成長があげられる。
国際的な供給構造の変化とは,具体的には,石油化学の中東での伸長,それと軌を一にする日本での高付加価値分野へのシフトがあげられる。
環境問題への対応とは,具体的には,2020年までにCO2を1990年比で25%削減を目標とする政府の方針,2020年までに化学物質の影響を最小化するという政府の方針があげられる。
ビジネスモデルの変化の必要性は,新興国の需要増等の環境変化に際し,必ずしも高品質の製品ばかりが求められるものではなくなってきたこと,コストの安価なアジアでも高品質の製品が作られていること,まず国内生産からスタートし,その後に海外展開を図ってきた日本のセットメーカーと,当初から新興国市場ニーズを反映した商品展開を進めてきた海外のセットメーカーとの差が顕在化していたこと,標準化やビジネスモデルなどでインテル,アップルなどの欧米企業に先行されていること,などにより基礎づけられている。
研究開発・人材育成の問題は,国内での重複研究による非効率並びに研究開発費の高額化及び製品の寿命の短縮という問題である。
5 対処法
(1)国際展開,(2)高付加価値化,(3)環境への対応・安全性の向上,(4)技術力の向上,が必要となる。
(1) 国際展開
新興国のボリュームゾーンをいかに取り込むかが課題である。国内事業の延長線上に海外市場があるという従来の発想ではなく,現地法人との協働などによる,ローカルな海外市場へのよりダイレクトな対応が必要である。
(2) 高付加価値化
セットメーカーに対する素材供給者から脱却し,部材・消費財の製造,サービスの付加,技術のオープン・クローズを駆使した知財戦略が必要となる(後述6「ケース研究」参照。)。
一つの製品市場に多数の企業がひしめくという日本の市場構造を改善すべく,個々の企業が,事業の整理・統合により選択と集中を図る必要がある。
(3) 環境への対応・安全性の向上
さらなる研究・技術開発が必要となる。
(4) 技術力の向上
人的・物的側面からのさらなる強化が必要である。
6 ケース研究
(1) 上記5の具体例として,インテルを取り上げたい。妹尾堅一郎教授によれば,インテルのビジネスモデルは,基幹部品主導で完成品を従属させる,「インテルインサイド型」のイノベーションモデルとされる。
ア 第1段階;急所技術の開発による基幹部品化
インテルは,パソコンにとって最も重要な中央演算装置と外部機能とをつなぐPCIバスを徹底的に開発し,その独自技術をMPUチップの内側に封じ込め,ブラックボックス化した。
その一方で,外部部品や関連部品との接続部分のインターフェイスについては,プロトコールを規格化し,さらにそれを他社に公開した。
この結果,周辺メーカーはその標準規格に則って製品を開発するようになり,市場支配力を獲得した。
イ 第2段階;基幹部品を組み込んだ,普及のための「中間部材」の生産
素のMPUチップ自体を組み入れてパソコンを制作することは難しい。そこで,次にインテルはマザーボードという中間部材を作るノウハウを開発した。
そして,そのノウハウを台湾メーカーに提供した。これにより,台湾メーカーは安価にマザーボードを大量生産した。
この廉価なマザーボードはたちまち普及し,デルをはじめとする組み立てパソコンメーカーが出現し,パソコン市場は急速に拡大した。
エ 以上により,インテルは一気に拡大した市場から得られる収益を自社に還流するシステムを構築した。
(2) 三菱化学によって構築されたFull-Turn-Key-Solution型の量産プラットフォームも同様の例とされる。これは,第1段階として,DVDメディアの機能性素材(AZO色素)を標準化の中に忍び込ませ,第2段階として,その機能性素材を使用した生産ノウハウ(上記Full-Turn-Key-Solution型のプラットフォーム)(=「中間部材」)を開発しオープンにした結果,第3段階として,多くの台湾メーカーが三菱化学の素材を使ってDVDメディアを作成するようになり,結果として,三菱化学が機能性素材からの高収益を上げるシステムを構築した例である。
(3) 現状,エレクトロニクスの分野では,日本企業は,液晶パネル,DVDプレイヤー,太陽光発電セル,カーナビなど当初は100%近いシェアを誇っていても,すぐに新興国の安価な製品が台頭し,価格競争により疲弊し,シェアを失っていくという状況がある。市場の拡大に伴い市場支配力を失っていくというワンパターンに陥っている。
このような現状の中で,三菱化学は欧米の成功モデルに相似した日本では稀有な成功例とされる。このケースに対する研究は,まだ自分自身消化不良の感があるので,他日。
・ 参考文献