k's point of view

経営を本業とし,その現場で毎日活動しています。このブログは,旧司法試験の問題を中心に,新たに実務的視点で考えてみるブログでしたが,最近は,ビジネス関連の雑考や法律・ビジネス関連の書籍紹介の記事が多くなっています。

バイアウト・ファンド論⑩ オペレーション論

1 ファンドのモニタリングの基本

 

インテグレーションの段階では,例えば,100日100項目などと称して最初の100日において,当初の融合期間に短期間にやるべきことはどんどん実践するわけだが,それに加え,中長期目標をベースにした短期施策を策定し,いわば,中長期施策の滑り出しを開始することとなる。図表8-1は,中期企業戦略を説明する際のプレゼンテーション資料の一例である。

その次の段階であるオペレーション・モニタリングのフェーズでは,中長期施策を本格的に実践し巡航速度で進むようにもっていく。経営陣のこのような日々の実践に,ファンドは適切な付加価値をもたらすように心がけなければならない。必要な際には,ファンドから最適で最強な経営資源・人材を投入することもあろうし,ファンドのメンバーが非常勤の立場で執行経営陣にとっての良き相談相手となれるよう月次会議に出席するということもあろう。いずれにせよ,対象会社のニーズに応じた適切な活動をしていかなければばらない。経営陣とファンドが,施策の継続,成果の分析評価,施策修正や新機軸の要否について,タイムリーに適切な方法で判断し前進していく。

通常バイアウト・ファンドは,対象企業の経営に関与する,すなわち「ハンズオン」を標榜している。「ハンズオン」という言葉は,対象企業の経営に「手を貸す」という意味である。50%以上の株式持ち分を保有する株主であれば,法律上は,経営をコントロールする権利を持っている。バイアウト・ファンドが対象企業の経営に密接にかかわることがファンドの役割と認識し,ときにはファンドが対象企業の経営に過剰な口出しをするようなこともある。しかし,ファンドとはハンズオンを標榜する,すなわち対象企業の経営に手取り足取り関与するもの,という認識には実は落とし穴が待ち受けていることがある。

ファンドが経営権を握ったからといって,手取り足取り経営に関与するハンズオンを実行しなければならないというわけではない。むしろ,そのような行為が逆の結果を生み出すことさえある。

ファンドのモニタリングの基本は,ファンドが対象企業とほどよい距離を保ち,役職員が定めた経営の施策を実行するためのベースメーカーとなることである。また,役職員との温度差がないように,対象企業への関与の仕方を調整しながら適切に行動することである。

 

 

2 KPIの設定

 

金融・企業財務において経営効率を計測する方法,例えば,在庫回転率,資本対営業利益率だけでは全く不十分である。財務諸表に表れる収益の変化だけにとらわれ,経営を近視眼的にだけとらえていると,中長期的な戦略が見えにくくなる。そこで,財務諸表の数値を使った経営指標とは別に,数値目標を設定する必要性が生まれる。これが,KPIを設ける理由である。

会社には各々独自の経営資源がある。その経営資源をフルに活用して他社との差別化を実現することが肝心である。しかし,企業経営では,財務諸表上の資産には経済的価値として計上されない経営資源(リソース)も存在する。例えば顧客との取引関係,従業員の技術力,モチベーションなどである。また単年度ではなく,将来収益を上げるための基盤を整えるには,研究開発費などを投じておく必要がある。こういった先行投資による資金拠出は,短期的には企業にマイナスの影響を与えるが,長期的な成長を望むのであれば,必要な資金拠出である。従って,財務諸表の数字だけにとらわれず,短期的収益と長期的収益のバランスをとるために必要な指標を持つことが大切である。

各社が,独自の発展ステージにおいて,独自の経営資源を有効に活用しているかどうかを計測するためにあらゆる企業に一律に適応できるような数値目標の指標は存在しない。そこで,自らの事業運営に適した数値目標を設定する必要がある。現場で自らを律し,成長を実現するための方向性にあるかどうかを確認するのである。

 

KPIの例としては,次のようなものがある。

消費財メーカーA社

新規に進出した関西中京エリアにおける店頭販売開始展開状況と商品の回転率,顧客の年齢層等によるマッピングごとにおけるライバル商品間シェア,物流効率化の他社合同輸送プロジェクトの予算見積もりと実験結果の乖離,新システム導入プロジェクトの入札提案状況,等々。

・医療機器メーカーB社

新材料による製品の販売個数推移,地域ごと・製品セグメントごとのトップ3社の販売個数シェア・売上高シェア,研究開発費の効率性アップとして研究員一人当たり新製品開発数と新製品開発1件当たり研究開発費,営業担当者の研修参加率と研修参加アンケートの集計,等々。

・小売業C社

店舗モデル(面積,初期投資,月坪売り上げ,利益,人員数,投資回収年数など)に照らして実際の出店と出店数の指標と出店候補リストを確認,既存店舗の改装の際の売上高回復指標と改装投資額の回収予算実績乖離の管理指標,退店計画の進捗と退店出費の予算実績乖離,棚別商品別回転率と全店在庫アイテム数を管理した売れ筋商品売上高比率,新業態実験の予算実績乖離と次回実験目標マーチャンダイジング部門の新商品開発アイテム数と売上高と利益率,等々。

 

 

3 リスクコントロールキャッシュフローの維持)

 

さて,モニタリングの期間には,予想し得ない事態が発生し,業務が思うよにならない状況に陥ることもある。状況によっては,長期間休業を余儀なくれるような事態も発生し得る。

 

組織マネジメント

まずは,社内に起こり得るリスクを考える。自ら律して防ぐべきは,ファンドが株主として加わることによる組織の変化・不安・対立である。これらは,会社のエネルギーをそぎ落とし,やる気を低下させる結果を導くので,留意しなければならない。経営陣・従業員の社内の利害対立は,日々の業務のちょっとしたきっかけから事態が深刻化して発生することさえある。変化の兆しは,当の日常業務に潜んでいる。

また,経営戦略を実行に移せないという問題にも留意する必要がある。ファンドの出資をきっかけに,れまでの体制を一新し,新たな戦略の下で進まなければならないことは理解していても,必ずしも社員全員の体がついていかない中で,行動するべきリーダーも実行するエネルギーがそがれてしまうというようなことがある。「昔はよかった」と,現状維持に流れかねないわけだ。

信頼関係が構築されて心が通じなければ,経営陣・従業員が新しい体制の下で共に歩んでいくことは難しい。

 

取引関係の維持

企業間の取引関係は,いろいろな利益関係のバランスのうちに成り立っている。原材料の仕入れや,製品の販売契約が主だったところであるが,研究開発に関する共同契約,製品の下請け製造会社,フランチャイズ契約,金融機関との取引など,さまざまな分野に及ぶ。

ファンドが経営に参加すると,対象企業の役職員は,そのことをきっかけに発生する社内の変化に気をとられ,外部の変化に注意が行き届かなくなることもある。しかし,市場,顧客,取引先などの外部に目を向けることを怠ってはならない。

 

債権者との関係維持

デッ卜の提供者は,債権の返済期日まで金利を受け取りながら投資利益を享受し,返済期日には元本の返済を受けることになっている。期中でその債権を回収できないような事態が起これば,あるいはあらかじめ定めたコペナンツに規定された事項に違反するのであれば,債権者である銀行は,直ちに返済を求める権利を有する。

とはいえ,ファイナンス契約に触れるような事態が発生したからといって,すぐに債務不履行とするのでは,ファンドも,またデッドの提供者も投資からのリターンを享受できない。従って,状況に応じ,契約に反する事態が発生しても,債権者が債務不履行を宣言することを保留するよう要請する必要性が出てくる。

日頃から事業に対する理解を得られるよう,金融機関とコミュニケーションを深めることが大切である。

また,資金不足に陥った場合の対策も欠かしてはならない。第7章の図表-10では,必要になれば実行できる経営の打ち手を整理することを説明した。

インテグレーションの時期に検討した経営の打ち手については,万が一の事態に備え,その後も実行できるよう,年度ごとの対応策として検討しておく。

 

 

4 事業売却・買収(M&A)による企業価値の向上

 

M&A戦略には,対象企業が持っている事業の売却(売り案件)と,経営資源を補強する意味での他社事業の買収(買い案件)とがある。

ファンドからの投資を受けた企業は,ファンドのノウハウを活用してM&Aを用いて事業を効率化し成長させることができることが多い。例えば,長年の負の蓄積で,事業の一部が経営の重荷になり,収益性の足を引っ張っている場合や,経営の多角化に失敗し非稼働資産を抱えている場合などでは,事業や資経営資源を投入することができる。

例えば製造業であれば,稼働していない,あるいは収益性の低い事業からの撤退とともに,事業のほかに工場敷地などの固定資産の売却を行うことがある。流通業では,不採算店舗の売却などがある。このような非稼働資産に改善の余地がないことがわかっていても,M&A手法を活用できず解決に至っていなかったこともあるだろう。こうした場合には,ファンドを株主に迎えたことをきっかけとして新たな解決策を探ることができる。このため,市場から対象企業の事業売却や,買収斡旋などの提案がもちかけられるようになる。

企業の特徴には,企業戦略の一つとしてM&Aを標榜しているという「シグナル」が発信されているということがある(いわゆる「シグナル効果」)今まで系列などに縛られて取引関係が硬直的となってしまった企業に対して,それまでは不可能であったような事業展開を前提とした売却・買収案件が持ち込まれるようになる。また,経営陣からも,実現の可能性が低いことからそれまで表に出されることのなかった企業買収の腹案について,ファンド側にもちかけられることもある。



5 ロールアップ

 

 

ロールアップ戦略とは,小規模事業者が多数存在する業界で,M&Aを繰り返しながら規模を拡大して規模の経済による競争優位と収益力を達成し,しかるべき規模を拡大できた段階で株式公開するという戦略を言う。全国の花屋を買収又はフランチャイズ化しチェーン展開をするような戦略が,このわかりやすい事例である。1987年にルイヴィトン社とモエヘネシー社との合併で設立されたLVMHモエヘネシー・ルイヴィトン社は,ロエベ,セリーヌ,ジバンシーなど,それぞれが長い歴史を有する高級ブランドビジネスを展開する企業を買収して事業展開をしている。日本では,ケーブルテレビ会社の取得,管理及び経営指導を行う株式会社ジュピターテレコムがある。ロールアップ戦略では,プラットフォーム(基盤)となる会社をつくり,その会社の株式と現金を組み合わせて他の会社を買収して規模を拡大する。ロールアップ戦略にて成功するためには,次のような留意点がある。

 

対象の事業規模が大きいこと

業界規模が大きければ,ロールアップの候補となる企業数が多く,統合を推進する機会が多い,ロールアップ戦略の最終ゴールを株式公開とする場合は,例えば売上高300億円か必要と見積もられれば,その売り上げに達するまで適切な企業を探し出し,買収し続けなければならない。

 

非寡占の状態である業界であること

独占的な状態になければないほど,ロールアップ戦略によるシナジーや規模の利益を追求できる。分散された業界の方がチャンスがある。

 

業界に成長性・収益性があること

業種特性や個別企業の収益性については,事前に十分調査・分析をする必要がある。

 

業界のオーナーたちがロールアップに興味がある

ロールアップの対象となる企業のオーナーの多くが,統合して規模の経済性を追求することに興味を持っていること。

 

プラットフォーム企業そのものの経営基盤が強固である

まず主体となるプラットフォーム企業が,ロールアップ戦略のための適切な企業を引き付けるために,規模が十分大きく質の高い経営基盤を持っていることが不可欠である,買収後の統合をできるだけスムーズに進めるための柔軟な経営管理システム,買収ノウハウと業界知識・経験を持つ経営者と,買収先との統合を実行するスタッフ,そして友好的な買収を行うための人脈も必要である。

 

 

反対に,ロールアップが失敗する場合の原因の代表例は,以下のとおりである。

 

統合作業の欠如

 

急すぎる買収・思慮の浅い買収

短期間の事業拡大を目指したために,対象企業を十分分析せずに買収を決めてしまうと,買収後に対象企業の抱える問題点が浮上し解決に手間取るか,あるいは買収した後で,その企業にはロールアップのメリットや統合のシナジー効果が表れないことがある。また,組織が拡張されても従業員が効率よく働くことができる環境を整えるなどの内部的な成長(合併後のマネジメント)も実行する必要がある。

 

楽観的すぎる戦略

短期的に収益が上がるなどの楽観的すぎるシナリオを描き,その戦略を実行できず,投資家の信頼を失う。

 

事業が集中しきれない

広範囲な事業内容に関してロールアップ戦略を実行すると,統合効果が得られない。米国では,類似するとして10業種にわたる約120社の企業群をロールアップの対象とした企業は,事業内容を広げすぎたために,シナジー効果が表れず破綻してしまったという例もある。

 

プラットフォーム企業の経営能力が欠如

経営者としての資質やリーダーシップが欠如している場合は,ロールアップ戦略に失敗することが多い。ロールアップの対象となるような小規模の会社は,ノウハウがある社員が集まって会社を運営しているものだが,チームとして,あるいは企業の組織としての基盤が強固に備わっていないことが多々あるため,求心力が必要となる。

 

買収金額が高価

プラットフォーム企業の財務状態からして高価すぎる金額で対象企業を買うと,後々その買収資金負担が足かせとなって,収益状況の悪化を招く。

競合他社が既にロールアップ戦略を実施しているために後手に回り,良質な企業を買収できない。