k's point of view

経営を本業とし,その現場で毎日活動しています。このブログは,旧司法試験の問題を中心に,新たに実務的視点で考えてみるブログでしたが,最近は,ビジネス関連の雑考や法律・ビジネス関連の書籍紹介の記事が多くなっています。

【憲法】表現の自由⑤ 規制類型論

一般に、表現の自由の規制については表現内容規制と、表現内容中立規制が言われ

 

表現内容規制一般について考える際には、2通りの審査のやり方がある。1つは「定義付け衡量」で、憲法上保護される表現とそうでないものとをしっかり分ける、という形。例えば猥褻。もう1つはそれ以外の一般的な表現、とりわけ政治的な表現に対して規制が行われる場合には、厳格審査が行われ、ほとんどこれは命取りのテストである。

 

次に、表現内容中立規制がある。表現内容中立規制には、いわく3つの類型があるという説明があ。第1が時・所・方法の規制―time, place, and mannerの規制であり、第2が間接的・付随的規制であり、第3が象徴的表現。

 

象徴的表現には、具体的に言星条旗を燃やすとか、公人の写真を破くとか、いろいろあるが、つまりそれは行動、本来メッセージではないと思われる普通の行動が、ある特定の状況下においては極めてシンボリックな、言葉よりも強いメッセージを発するというようなものである。

 

ここで問題になっているのは、実は規制の類型としてこれは表現内容中立規制にあたるかどうかという話ではなく,むしろ表現の自由保護範囲の問題である。行動として保護されない、憲法21条の問題でないと考えられたものが、一定の場合にはメッセージを送るものとして、憲法21条の保護範囲内に入るということがあるかどうかということが象徴的表現の問題であり、そして、一回象徴的表現として入るのであれば、後は政府の側の規制する事情で、表現内容規制にあたる場合と表現内容中立規制にあたる場合というのが分かれてくるはずである

 

例えば、星条旗を燃やすという象徴的表現に対して、それを反米的な表現として政府が規制するとする。そういった反米的な表現を規制するという目的から星条旗を燃やすような行為を規制するということがある場合は、端的に表現の内容規制の問題と見るべきである

 

したがって、象徴的表現だから表現内容中立規制というのは、これはむしろ誤りであって、そもそも表現の自由の保護範囲に入るような問題なのかということと、次に規制のされ方を見て、内容規制か内容中立規制かを分ける、というのが適切。

 

次に、表現内容規制・表現内容中立規制で残るのは時・所・方法の規制、それから間接的・付随的規制の話だが、これもよく考えてみと、そもそも表現内容規制・表現内容中立規制というのは、表現の直接的規制を念頭に置いて、議論している。そして、これに対して間接的・付随的規制というのは、表現活動それ自体を規制していない、ないし規制する目的ではないにもかかわらず、一定の場合においてそれが表現の自由にとって間接的あるいは付随的に,いわば「意図せず(unintentional)結果的に」,規制になる場合ということになる。

 

そうやって考えてみと、本来は表現内容中立規制の中に時・所・方法の規制と間接的・付随的規制があるのではなく、そもそも表現活動の規制空間とそうではない空間の間隙に間接的・付随的規制というものがある。そして表現活動の規制空間中に、内容規制と内容中立規制が分かれる。その上で、内容中立規制とは、端的に時・所・方法の規制である。

 

そして,表現内容中立規制、時・所・方法の規制についてはいわゆる中間審査の基準、代表的なのはLRAの基準が用いられるということになる。ただ、LRAの基準についても実際には厳格度に幅が相当ある。

 

これに対して間接的・付随的規制については、オブライエン・テストというものがよく用いられる。これは、そもそもそこで行われている規制がもともとは表現の自由、表現活動に向けられた規制ではない,すなわち直接的規制ではないということを前提にして、①目的が正当であり、②目的達成手段として、その表現に関わらない目的を達成するで合理的な関連性があり、③その表現の自由にとって過剰な負担になっていないかどうか、ということを利益衡量でチェックする。これが間接的・付随的規制のオブライエン・テストということにな

 

間接的・付随的規制については判例では,思想・良心の自由のところで、あるいは信教の自由のところで立ち入って検討されたりしているが表現の自由についていえば、典型的なのはspeech plusと呼ばれるものということにな

 

Speech plusは、要するにspeechの部分とplusの部分がある。典型的なのは座り込みデモ。座り込みデモの場合、表現者、座り込みデモをしている人は表現の自由の行使として座り込みデモを行っているわけである。規制する側の建前としては道路交通法がある。そして路上にて、とにかく交通の往来を妨害するという行為は、一般にけしからん。だから、ある学生サークルが大酒を飲んでそこらへんの路上で叫んで寝転がるということをすると、これは路上の邪魔であり,排除される。これは別に表現の自由の問題でも何でもない。行動の規制の問題であるわけで別に表現の自由の侵害にはなっていない。

 

ところが、例えば仮に、市ヶ谷にある防衛省の前で「集団的自衛権容認反対」となったときに座り込みデモをする、という場合には、道路交通法で規制されるような表現の自由の保護範囲外の行為に加えて、行動に加えて、「集団的自衛権容認反対」という意見表明が両方同時に結びついている。そして国側からすれば、これはあくまで道路交通法を適用しようとしているだけであって、別に、意見表明は別のやり方で、どういう形でもやっていただいて結構で道路の交通の往来だけは守らせてください、ということで往来を規制しようとしているんです、という場合がここでいう間接的・付随的規制、speech plusということになる。

 

座り込みデモそれ自体の規制はカテゴリカルに間接的・付随的規制、と言われればそれは間違い。あくまでも,座り込みデモを「道路交通法の規定の構成要件で」規制をするのは間接的・付随的制約、ということである。これはかなりの部分、規制する側の事情、あるいはどういう目的で当該行為を規制するかに関わってい。そこで例えば、路上での座り込みデモそれ自体を規制する法律、路上での交通の往来の妨害を禁止するのではなく、座り込み「デモ」を規制しますとか、市ヶ谷周辺での座り込み「デモ」を規制しますとかいったような,座り込みの中でもデモ行為だけを構成要件化して取り出して規制する法律は、主として表現行為をねらっている規制なので、それは直接的規制である。そうではなくて、およそ交通の往来の妨害する行為、酒飲んで酔っぱらう行為、ビール瓶をいっぱい並べる行為等々、そういった行為を規制する、その法律でたまたま表現の自由に間接的に引っかかることがある、というのが間接的・付随的規制ということになる。

 

実際に表現の自由の規制、しかも表現類型、特に猥褻・名誉毀損であるという特殊な、いわゆる低価値表現・無価値表現と言われてきたような表現類型、あるいは煽動であるとか差別的表現といった表現類型については、そもそも目の前の規制が、本当に表現の自由を規制するものなのかどうか、その中でも内容規制か内容中立規制か,あるいは、間接的・付随的規制に留まっているのか、ということを正しく見極めるということが1つのポイントとな

 

そして、ある表現の規制類型にあたるのだとすれば、そこで厳格審査、中間審査、オブライエン・テストといったテストのやり方があるが、それによって具体的にどのような観点からどのような審査を行うのか、どういうふうにするのか、現実にどうするのかということを見極めるということができて初めて、表現の自由の規制類型論を理解しているということになるわけである