k's point of view

経営を本業とし,その現場で毎日活動しています。このブログは,旧司法試験の問題を中心に,新たに実務的視点で考えてみるブログでしたが,最近は,ビジネス関連の雑考や法律・ビジネス関連の書籍紹介の記事が多くなっています。

【憲法】表現の自由③ 表現の自由とプライバシー権の調整問題

表現の自由の内在的制約)

如何に憲法上,表現の自由の保障が手厚いとはいえ,他の私人の人格の核心部分を侵害するようなプライバシー権の侵害は許されない。このことは芸術表現ないし小説表現一般について妥当する。

 

(小説表現ゆえの侵害可能性)

小説表現としての芸術的昇華の度合いは,プライバシー権の侵害の度合いを緩和するものではない。小説表現として優れているというのは一般に人間の内面・本質をよく抉り出していることであり,とすると,通常では他人が知ることができない本人の人物像や人格の内面を暴露すること,または事実と異なる人物像や人格の内面を一般の読者に植えつけることで,モデルにされた本人に耐え難い苦痛を与える。

 

(小説表現ゆえの代替性・侵害の回避可能性)

石に泳ぐ魚」事件東京高裁判決では,「現実との切断を図り,他者に対する視点から名誉やプライバシーを損なわない表現の方法をとることが出来ないはずはない」という見方が示されている。「現実との切断」の基準を,「名もなき道を」事件裁判例に求めることが出来よう。

 

(裁判所の権限・能力の限界)

いわゆるモデル小説は,小説の出来不出来という芸術的観点からは,実話と創作との単なるつぎはぎである場合と,全体としては小説家の芸術的主張を有する芸術作品に変容せしめられた場合とがありうるが,裁判所はモデルとされた人物のプライバシー権侵害の有無の判断に際して,当該小説が右のいずれかであるかについて判断する能力がない。よってこれを裁判上で基準として用いることはできない。

 

(損害賠償と差止め)

差止めのほうが表現行為に対する制限的性格が強度であるから,より強い実質的正当化が必要となる。「石に泳ぐ魚」事件最高裁判決では,「〔人格権に対する〕侵害行為が明らかに予想され,その侵害行為によって被害者が重大な損失を受けるおそれがあり,かつ,その回復を事後に図るのが不可能ないし著しく困難になると認められるとき」は侵害行為の差止めまで容認されるとした。

 

(民事差止請求の法的根拠をめぐる現在の到達点)(潮見『債権各論Ⅱ』169-171)

① 一般的不作為請求としての差止請求を,不法行為を理由に認めることには否定的。

② 物権的請求権の拡張形態としての人格権侵害を理由とする差止請求(妨害の排除ないし予防)を認める。

③ 物権的請求により処理可能なものについては,物権的請求権構成による差止めを認めることも否定されない。

④ 本案では,保護されようとする被害者の権利と,行動の自由の制約を受ける加害者の権利との間で考量される(受忍限度)。損害賠償請求の場合以上に厳しく要求される。

  差止めは行為者の社会経済活動を事前かつ直接的に規制し,事業活動の停止にも至りうるものだから,当該行為者の行為の持つ公共性や社会的有用性も考慮に入れられる必要がある。判例も「侵害行為の態様と侵害の程度,被侵害利益の性質と内容,侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度を比較検討するほか,侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況,その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容,効果等の事情をも考慮し,これらを総合的に観察して」差止めの可否を決すべきとしている(大阪空港公害訴訟など)。

  過剰介入禁止という観点から,上記の考量に当たっては,①その侵害による危険が切迫しており,②その侵害により回復し難い重大な損害の生じることが明らかであって,③その侵害が相手方の被る不利益よりもはるかに大きく,かつ④他に代替手段がなくて差止めが唯一の手段である場合か,という点を重視すべきである。

 

(公人のプライバシー)

公職者としての適格性判断について必要な情報を最低限確保する必要から,①事実の公共性,②表現目的の公益性,③表現内容の真実性または真実であると信ずるにつき相当な理由なあること,すべてを満たした場合にはプライバシー侵害が正当化される。