k's point of view

経営を本業とし,その現場で毎日活動しています。このブログは,旧司法試験の問題を中心に,新たに実務的視点で考えてみるブログでしたが,最近は,ビジネス関連の雑考や法律・ビジネス関連の書籍紹介の記事が多くなっています。

憲法 問題解析 財産法に関する論点

【設問】 以下の事例に含まれる憲法上の問題点を論ぜよ。
(1) K山は,かつてK部落の入会地であったが,明治時代の町村制の実施とともに公有財産となり,現在ではX市が所有するとともに,旧K部落に住む人々の採草採薪の権利が,旧慣使用権として認められてきた(地方自治法第236条の6第1項)。ところがX市は最近,荒廃の目立つK山の開発を進める方針を立て,その前提としてYをはじめとする旧慣使用権者の意見を訊ねたところ,使用権の廃止に反対する意見が多かったため,市議会の決議により一方的に使用権を廃止した(同)。Yは自分たちの同意なく使用権を廃止したことは憲法第29条第1項・第2項に違反すると考えている。

(2) Zは,特別史跡の一部に含まれるS所有の田畑を1千万円で購入した上で,その上に分譲マンションを建設することを計画し,これにより3億円の利益を見込んでいる。Zは文化庁長官に現状変更の許可を申請したが,同長官は,同地が「数百年前の歴史を伝える貴重な特別史跡の中心部に位置する」との理由で不許可とした。いわゆる不許可補償については「通常生ずべき損失」はないとして補償金額を0円と決定した。Zは,①不許可処分は憲法第29条第1項第2項に違反するとして同処分の取消しを請求するとともに,同条第3項に基づき3億円(消極的損害)もしくは1千万円(積極的損害)の補償を求めている。
〔参考〕文化財保護法第125条  史跡名勝天然記念物に関しその現状を変更し,又はその保存に影響を及ぼす行為をしようとするときは,文化庁長官の許可を受けなければならない。・・・
5 第1項の許可を受けることができなかったことにより・・・損失を受けた者に対しては,国は,その通常生ずべき損失を補償する。

 

 


【解説】


1 問題の所在


財産権の制限には規制目的二分論が妥当しないとしても,だからといって比例原則を厳格に適用すれば足りるかといえば,問題はそれだけでは解決しない。憲法第29条では,そもそも憲法上の保護が及ぶか,いかなる論理構造で及ぶかが大問題である。憲法財産権保障は,法律の定める内容の保障にとどまる可能性もある(憲法第29第1項・第2項参照)。この場合,立法による「制限」は観念しえず,あるのは立法による財産権の内容の「形成」だけであり,それは違憲の問題を生じないと考えることもできる。

 

2 現存保障


憲法29条1項は『個人の現に有する具体的な財産上の権利の保障』を定める」と芦部憲法にある。しかしそれでは設問は解決しない。設問(1)では,Yらが「現に有する具体的な財産上の権利」とは市議会の議決による一方的廃止がもともと織り込み済みの権利である。設問(2)も,もともと文化財保護のために規制を受けていた田畑をZが購入した事案であり,Zの「現に有する具体的な財産上の権利」とはこの制限込みの権利にとどまるのではないか。


この現存保障(財産権自由権的効果)が真に問題となる事件は,国有農地売払特措法事件である。同判決の事案は,農地改革によって買収された農地が自作農の創設に役立たないことが判明したときに,農地法の規定により「買収の対価相当額」で旧地主に売払いを求める私法上の請求権があるとした先行判例の後始末にかかわるものである。特措法などにより売払いの対価を「買収の対価相当額(現価からすれば二束三文)」から「時価の7割相当額」へと著しく引き上げたのに対して,特措法の制定よりも前に売払いを求めていた旧地主他特措法の遡及適用が憲法第29条に反すると主張した。このような事案では,現存の規制内容を事後的に規制すること」にあたり,そのような規制の「必要性・合理性はより強く審査されなければならない」と考えられる〔論点②=主観法〕。また,その前提として,農地法から特措法への改正(売払いの対価の引上げ)がそもそも公共の福祉に適合するかが問題となる〔論点①=客観法〕これは,(権利ではなく,)法律の内容の事後変更が「公共の福祉」(憲法第29条第2項)に適合するかという憲法問題である。論点①は論点②の先決問題となる。権利制限―正当化の判断は論点②に集約される(他方,遡及適用を問題としない場面ではせいぜい論点①のみが問題となる。それを越えて将来の権利も保障するとなると「強すぎる」現状保障である。なお,この強すぎる保障を肯定できるのは,私法の根幹を成す法制度からの乖離が問題となる場面である。この点については後述「論点③」参照)。


判旨は論点①について,いったん定められた法律に基づく財産権の性質,内容変更の程度,内容変更により保護される公益の性質などの総合考慮という判断枠組みで合憲とした。
論点②については「買収の対価相当額で売払いを受ける権利」が害されることは否定できないとしたものの,「売払いを求める権利」自体は害されていないこと,対価の変更は公共の福祉に合致すること(論点①についての判断),を指摘して合憲とした。

 

3 法制度保障と森林法判決


森林法事件の原告は,もともと分割請求権が制限されていた持分を,それと知って取得しただけであり,違憲判決によって救済するに足るだけの経済的ダメージをそもそも受けていない。この意味で,この判決は,客観法違反を積極的に違憲判断に結び付けたという性格が濃厚である。なぜこのような踏み込んだ審査を行ったのか。この点に説明を与えるのが石川教授である。


同判決は「分割請求権を共有者に否定することは,憲法上,財産権の制限に該当」するとするが,石川教授は,同判決のこの記述に先立ち,最高裁が共有という法制度について詳論し共有物分割請求権が「近代市民社会における原則的所有形態である単独所有への移行を可能ならしめ」る権利であると論じたことに注意を促す。そして従来我が国で「私有財産制の保障」として語られる制度的保障は,母国ドイツの文脈では「民法制定者の一物一権主義の選択が憲法レベルで追認されている」という議論であったことを踏まえ,森林法事件で最高裁も同様の議論をしたと理解できると論じている。つまり,憲法第29条は個別の財産上の権利ではなく,法制度としての単独所有を保障しており,それに反する内容の法律は憲法第29条第1項に違反することになる,ということである。もっとも森林法判決は主観法違反の形式にこだわりもみせ,事案をあくまでも分割請求権の制限として捉えている,とみるのが石川教授の結論である。


森林法事件以前の判例は,目的手段審査(比例原則を用いた審査)を行わないまま,公共の福祉に適合すると説明してきた(例えば船舶所有者等責任制限法に関する判例・最決S55.11.5民集34-6-765)。そこでは実際には,財産権の内容を「形成」する法律それ自体の合理性を検討している。比例原則の枠組みではない。このような「構成的」な法律に対して,例えば表現の自由を制限するような「制限的」な法律と同様に,法律に先立つ権利としての「憲法上の財産権」を想定して,その「制約」を,比例原則を用いて判断するといった判断枠組みはなじまない。森林法以降の判例は,確かに比例原則の枠組みを使用しているが,実際には法律内容の合理性を言い換えたにすぎない(証券取引法第164条第1項に関する事件,消費者契約法9条1項に関する判例最判H18.11.27判時1958-61参照)。


論点①②のような場合(財産制度の内容変更,財産権の内容変更)以外にも,財産権に関する立法そのものの合憲性を問うこと〔論点③〕は,現在の判例において排除されていないということになる。この場合の審査を否定するのもひとつの在り方ではあるが,仮に審査するとしても,その密度は浅いものにとどまるのが通常である(違憲となることはまずないといえる)。例外的に,私法の根幹を成す法制度(単独所有,契約,不法行為,相続)からの立法による乖離と構成できる場合〔論点④〕には審査密度が深まる。論点③④については,真の争点は客観法違反だが,司法権の性格上主観法的装飾を必要とする(森林法事件参照)。

 

4 財産価値の保障と損失補償


「現状」〔論点①(客観法)②(主観法)〕「新設」〔論点③④(客観法・主観法)〕に並ぶもう1つの憲法第29条の保障は「財産価値」の保障である〔論点⑤⑥⑦⑧〕。


憲法第29条第2項と第3項の関係という論点〔論点⑤〕については,歴史的流れから理解する必要がある。当初は,立法による財産権の内容形成は一般的―制限,対して,損失補償は個別的―収用,を対象としていると考えられていた。しかし,財産権の内在的制約の範囲が拡大してきただけではなく,政策的制約は承認されるにつれて,一般的―制限,という図式が崩れた。個別的―制限という事案が登場した(河川付近地制限例事件,奈良県ため池条例事件,なお成田新法事件もこの事案類型にあてはまると思われる)。第2項の守備範囲が拡大して第3項と重なり合うようになる。財産権の制限としては合憲だが,憲法上保障を要する場合もある,というわけである。


そこで保障の要否を判断する尺度が「特別の犠牲」である〔論点⑥〕。形式的には一般的制限を定めた形式の立法が実質的に見て保障を必要とする公用収用と同視できるか,ということを判断するための道具概念である。ここで事案の解決上重要なのは,「財産権に内在する社会的拘束の現われについては保障を要しない」という点である。また,土地の使用禁止ではなく,利用方法の限定については保障不要とされることが多いという点も重要である。


これらをまとめて一言で言うと,
「地域特性に即して一般通常人がとるであろう利用行為を基準として,規制による権利侵害の程度の強弱,財産権にとって内在的・必然的か外在的・偶然的かという判断をすべき」
ということになる。

 

地域特性に著しく反するような土地利用行為は保護されない。さらに問題は,この「地域特性」が何によって与えられるか,という点である〔論点⑦〕。


(なお,文言から,「公共のため」といえるか,という点も論点となる〔論点⑧〕。この点,法令による利用制限の場合は憲法29条2項の「公共の福祉」適合性の判断とほぼ重なると思われる。純粋に特定個人のために土地利用を制限・禁止することは,公共のためといえない以前に,公共の福祉適合性も肯定できないであろう。そのため,本設問(1)(2)で大展開するものではないと考えられる。この論点については,農地買収計画を問題とした事件の判例を参照。)

 

5 設問の検討


 以上の議論を踏まえつつ,設問を検討する。

 

設問(1)。旧慣使用権は先祖代々の由緒正しい「既得権」だが,それが現状保障を受けるとすれば,地方自治法の規定は違憲の疑いが強くなる(ただし、「現状」は使用権の廃止を織り込み済みの権利かもしれない点が,ひとつの問題である)。他方,森林法判決が単独所有・近代市民社会へのこだわりを見せたことをここに適用してくると,むしろ前近代的な旧慣使用権に対して憲法が消極的な態度をとっているという立論もできるかもしれない。


設問(2)は文化財保護法が損失補償の規定を置いていないことの合憲性が問題となった平城京事件(最判S50.4.11)を素材にその後で法に追加された「不許可保障」を関連させた問題である。ここでは
(ア)不許可処分とその根拠となる文化財保護法第115条第1項の合憲性の判断
(イ)憲法第29条第2項と第3項の関係の理解(法令上の「制限」が私有財産を「用いる」ことになりうるのか。なるとすればどういう場合か)
(ウ)憲法上の保障の要否の判断
を試すのが狙いである。


(ア)については,所有権の行使が制限されているので,所有権の制限という主観法的装飾をほどこした上で,制度の合理性判断の対象が,単に一般的な財産制度〔論点③〕なのか,私法の根幹を成す法制度からの立法による乖離なのか,を明らかにして,審査密度を決定する必要がある。具体的な審査にあたっては,利用制限の程度によっては,保障なき制限は違憲となりうるが,この点のケアとして制限の程度が大きい場合などには不許可補償で対処しうる仕組みがあることも織り込めば十全である(手段審査)。

 

(イ)については制限の内容が表面的には一般的でも,適用対象が事実上限定されることにより実質的には個別的だといえる場合かどうかが問題である。

 

(ウ)については,現状変更の禁止が,「文化財を構成する財産権自体に内在する社会的制約の反映」であるとしている第二審判決が参考になる(地域特性の考慮)。本件においては,損失補償は不要である。理由は,以下のとおり。特別史跡の一部という地域特性からすると分譲マンション建設は一般通常人が採るであろう利用行為から甚だしく逸脱しているため,「分譲マンション建設用地」を基準として,制限の程度・性質を判断してはならない。すなわち,マンション建設用地でなく,あくまでも田畑としての利用を基準にすべきである。そうすると,マンション建設の禁止という制限の程度は軽微といえ,内在的・必然的な制限といえることは明らかである。したがって補償は不要である。