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k's point of view

経営の現場で,サラリーマンとフリーランスの境目にいる者です。旧司法試験の問題を中心に,新たに実務的視点で考えてみるブログです。その他ビジネス関連の雑考や法律・ビジネス関連の書籍紹介もいろいろ記載していく予定です。最近は映画についての感想も縷々書いています。

新海誠・「秒速5センチメートル」の自分なりの解釈

秒速5センチメートル

 

君の名は。」で大ブレイクした新海監督の少し前の作品。

 

秒速5センチメートル

秒速5センチメートル

 

 

 

「何も起こらない映画」と新海監督本人は評していますが,自分は昔の「ゴッドファーザー」や,ポール・ニューマンの「評決」のような静的映像美で見せる作品のようでとても好きなタイプの作品でした。

 

 

  

 

 

さて,この「秒速5センチメートル」ですが,常に遠い何かを見つめている遠野貴樹はいったい何を見つめているのでしょうか。

 

この映画を,初恋の相手が忘れられないが,遠距離になり,遠い存在になったがまだ追っている男の子と,そこから一歩前に踏み出した女性の物語と単純に見るかどうか,とても悩みます。

 

会うまではとても積極的に手紙を出していた篠原明里がなぜ,別れ際に手紙を渡さなかったのか。

 

おそらく明里は,貴樹が明里でなくもっと遠いものを見つめていることに気付いたからなのだと思います。

 

貴樹自身は明里の影を追い求めて彷徨いますが,その先にはもっと遠いもの,人生の意味や根源的な自分の存在理由をいつまでも探し求めているのだと思います。

 

そのことに気付いたからこそ,明里も自分の道を進む決意をして貴樹への依存から脱却しようとしたのだと思います。

 

ただ,明里も完全に迷いなくというわけにはいかず,心は絶えず揺れ動き続けている。

 

貴樹自身が追い求めているものは,みずみずしい澄田花苗でも,影があり自分の分身のような篠原明里でも,ましてや仕事でもなく。

 

太陽系の外の,水素にもめったに出会わないような広大で深遠な宇宙のメタファーで表されているものが何かを考えたとき,やはり貴樹が明里を求めているというのは少し違うのではないかと思います。

 

決して辿り着けないもの。

 

ついに明里と結ばれなかった貴樹がいるという物語の結末にもかかわらず,これを「バッドエンドではないと考えている。バッドエンドと捉えられているのであれば,自分の技術が足りないのだと思う」と言っている新海監督の真意を考えたとき,やはりそうだろうと思います。

 

それにしても,人は寂しくて切ない。

 

この底知れぬ寂しさと切なさをたった1時間の作品で表現しきった新海監督はすごいと思う。