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k's point of view

経営の現場で,サラリーマンとフリーランスの境目にいる者です。旧司法試験の問題を中心に,新たに実務的視点で考えてみるブログです。その他ビジネス関連の雑考や法律・ビジネス関連の書籍紹介もいろいろ記載していく予定です。最近は映画についての感想も縷々書いています。

雑感

 
自分にはハンディーもあったが,絶望したときも,「何とかなる」と思い,また,人の助けをかりて,試練を乗り越えてきた。

 

そのエネルギーは,やはり,生きる意味を模索したい気持ちだと思う。自由から生まれるエネルギーと言い換えることもできる。

 

家族ができると妻や子供のことも考えるようにもなった。

 

「夢」は使い古された言葉だけど大切な言葉と最近思う。もっと面白いことはないか今探している。

 

走っているときには痛みも感じるが,それは想像の産物であることが多い。心が苦しくならないようにコントロールしながらもしっかりチャレンジすることが大切。

無題

人の行動は,まず本能,次が好き嫌いで,最後が良し悪しだと思う。


生活に余裕ができて社会にもまれないと社会全体のことは考えられない。


今,社会に不満を持って悩んでいる人は,「自分の要求を満たすことで精一杯の人」が,自分の思った以上に多いということを,世の中の現実として理解する必要がある。全体最適なんて結構多くの人が心の中ではどうでもいいと思っている。決して口には出さないけれど。会社の経営をしたりしてよくわかった。

 

自分の会社が良くなるかどうかや,アメリカの大統領が誰になるかや,日本の借金が増え続けていて将来の世代がどうなるかなど,心底どうでもいいと思っている人が,かなりいる。それより今の自分の生活が楽しいかどうか(またはそう見られるかどうか)。

 

人のものの見方は生い立ちや素質や能力によって形成されていくもの。一人ひとり自分にとっては重要な人生を送っている。他人のことはなかなか考えられない。

 

しかし,それで社会が成り立っているし,日本は豊かになっている。

 

その中でもがいていくだけなのが本質なのかもしれない。

 

アメリカ大統領選 トランプに関しての雑感

ビジネス 世界情勢・世界経済 国際情勢

http://www.dispatch.com/content/stories/local/2016/11/13/j-d--vance-says-trump-presented-change-voters-wanted.htmlwww.theguardian.com

 

最近ニュースになっているしみなさん注目してたくさんのコメントが出ているので,自分が書いても何の意味もないかもしれないが…

 

1年くらい今回の代表選を見てきていて非常にトランプ当選については驚いた。

 

ただ,共和党の候補選の時から注目はしていた。

 

まだ彼を評価するには早いと思う。良い政治をする可能性もあると思う。

 

オバマの時は初の黒人大統領, "Change", "Yes, we can."ということで結構期待していたがやはりエリート層の空論で空回りの感あり。(ノーベル平和賞も受賞したのに…)

 

今回のトランプ躍進は,後知恵的であるが,Counter "Obama=Harverd" Cultureが相当数あると思う。演説だけはうまく実際は評論家的・偽善者的なオバマがいたからこそ今回のトランプ大統領出現につながったと思う。

 

思えば8年前はマイケル・サンデルも出てきて結構ハーバードカルチャーや正義論がもてはやされた。ただ,哲学では到底事実認識の問題には対応できず,白人 対 黒人というような表層的な話で思考実験を繰り広げる。

 

今回はRedneck=Hillbillyがその存在を現し,ハーバードのエリートたちの哲学では対処できない領域に達したと思うし,結局エリートであるオバマやハーバードカルチャーの鼻持ちならないところに庶民が辟易していたことを表していたと思う。

 

“You don’t have to agree with him. He was going against the mainstream consensus,” Vance said of Trump. “People were looking to shake up the system.”

 

レッドネック - Wikipedia

 

www.dispatch.com

 

 

 

 

 

 

自分が大企業を去った理由と電通の問題

世界情勢・世界経済 ビジネス

www.huffingtonpost.jp

日本社会の縮図です。

 

自分が在籍していた某大企業の印象は,

・結構ブラック。電通の事件を見て十分ありうると思った。

・理念は絵に描いた餅で,それを現場に落とし込もうとしている人間がいない(結局サラリーマン)。

・社内手続が全て,いいビジネスにするのは二の次。

・事務処理的に物事を進めていくようなことはうまいが,本質をとらえていない(数字の根拠がおざなりなど)。

・部長クラスでも基本的にはプレーヤーであり,人のマネジメントがわかっている管理職がいない。

・まれにいい人はいるが,そのネットワークで会社が変わるような感じがしない。

・無駄なことや,理不尽なことが多い。人間性やシステムに由来している。

 

要するにろくな会社じゃない。結構このニュースを見て他人事ではないと思った。

 

自分はサラリーマン気質の人間や組織を嫌悪していることがよくわかった。自分のキャリアに対してほとんど実質的な意味がなかった(反面教師的な意味はあっても)。

 

また,法務をとってみても,だいたい全体を見たが,周りはレベルが低く,学べることがない。仕事も遅く,一緒にやっているとみていられないくらいつたない人が結構いて,こちらにもとばっちりが来ることがあった。契約をストラクチャリングしたり起案したり審査する仕事をせず,会議室の調整ばかりやっている(それを仕事と思い込んでいる)人が,感覚的に4分の1くらいいる。あと,残業しすぎ

 

総じてかなりレベルが低い。

 

上の世代はサラリーマン気質で「とにかく耐えて上に行き」発言権を獲得していくようなふうに考えているが,今の世の中そんなことがまだ必要なのかきわめて疑問。

 

同性愛者の団体に対する公共施設の利用拒否 憲法問題解析

公法 司法試験 憲法 新司法試験 法律

【事案】

同性愛に関する正確な知識の普及と社会的偏見の解消を目的とする男性の同性愛者の団体A会の代表者Xらは,会員の活動報告の合宿のため,Y県に青年の家の宿泊利用を申し込んだところ,Y県当局は利用を認めなかった。その理由は次のようなものであった。

第1に,同施設は青少年の健全な育成を助成する目的で運営されており,A会の会員が数人ずつ同室で宿泊することは,居合わせた他の団体の18歳以下の青少年の同性愛行為に対する性的好奇心を煽り,教育上有害。

第2に,同性愛者に対して社会的偏見が強い現状では,居合わせた他の団体との間でトラブルに発展する危険性がある。

これに対してXらは,Y県の右措置は同性愛者を不当に差別するものであるとして,Y県を相手取り,慰謝料の支払いを求めて国賠請求

 

【問題の所在】

国や自治体が,同性愛者が性行為を行う可能性があることを理由に公共施設の利用を拒否しても,それだけで性的自己決定権の直接の規制であるということはできない。また,同性愛団体の社会活動を行うことを理由に,同団体の利用を拒否してもそれだけではやはり結社の自由の直接の規制ともいえない。いずれの場合にも,単なる施設の利用拒否によって同性愛行為や同性愛者の結社そのものが禁止されることにはならないからである。

しかしながら他方で,公共施設の利用許可・不許可の決定に際しては,国や公共団体は不合理な差別を行ってはならず(憲法第14条第1項),また,公民館や青年の家などの施設は「パブリックフォーラム」の一種といいうるので,表現行為のための利用は原則としてこれを認めなければならないと解される。

 

【考え方】

1 公共施設の利用基準

 本問施設の利用を不許可とする場合には,泉佐野市民会館事件最判と同様に,集会結社という表現の自由の規制にあたることに配慮し,人の生命,身体または財産に対する明白かつ現在の危険の存在が必要であるというべきである。

※ 泉佐野市民会館事件:「本件条例は,地方自治法244条の2第1項に基づき,条例7条の各号は,その利用を拒否するために必要とされる右の正当な理由を具体化したものである」。条例同条は「『公の秩序をみだすおそれがある場合』を本件会館の使用を許可してはならない事由として規定しているが,同号は,広義の表現を採っているとはいえ,右の趣旨からして,本件会館における集会の自由を保障することの重要性よりも,本件会館で集会が行われることによって,人の生命,身体又は財産が侵害され,公共の安全が損なわれる危険を回避し,防止することの必要性が優越する場合をいうものと限定して解すべきであり,その危険性の程度としては,単に危険な事態を生ずる蓋然性があるというだけでは足りず,明らかな差し迫った危険の発生が具体的に予見されることが必要。客観的な事実に照らして具体的に明らかに予測される場合でなければならない」

※ 京都府中青年の家事件(本問と類似のケース):1審:(1)他の青少年が同性愛者の性的行為を目撃する可能性は極めて小さい。同性愛者の同室宿泊の事実から性的行為を他の青少年が想像するとも断定できず,仮に想像できたとしてもそれによって青少年の健全な育成が直ちに損なわれるとはいえない。(2)他の青少年によって原告らに対する嫌がらせ等が起きても,それが原告らによる利用を制限する理由とはなりえない。(3)憲法第21条,第26条,地方自治法第244条に鑑みると原告らは本件青年の家について利用権を有している。(4)同性愛者が青年の家における同室宿泊を拒否された場合には,別々の部屋に分かれて宿泊するのは個室数との関係で不可能であるから,その結果利用自体が不可能となる。これは男女が同室を拒否されても別々の部屋に分かれて集団で宿泊しうることと比べて著しく不利である。同性愛者の利用権を不当に奪う。(5)性的行為を行うという具体的な可能性がない以上,本件拒否処分は違法である。

 

2 同性愛団体と宿泊施設の利用

泉佐野:政治集会

本件:同性愛団体の同室宿泊を含む合宿

Xらの言い分からすれば,同性愛団体が同性愛の社会的認知を求めて行う研修集会の一環として合宿を行うのであるから,利用拒否は泉佐野市民会館事件と同様に原告らの集会の自由にかかわる事実だということになるのであろう。

対してYは,青少年の健全育成の目的のためには同性愛者の同室宿泊を阻止しなければならず,利用拒否は正当であると主張する(理由1)。被告側の発想は,青年の家は青少年の教育目的の施設であるから,成人による公民館の利用の規制とは異なり,たとえ集会の自由といえども教育的見地から規制することが許される,というものである。

どのように考えるか。成人から構成される本問Xらの同性愛団体は,青年の家や教育委員会による教育目的の規制の対象とはならない(また青少年の同性愛も個人の自己決定の問題であって「教育」の名で禁圧することは許されない)。青年の家における性的行為の連想が他の青少年にとって教育上好ましくないのは事実であるが,右地裁判決はそのような連想の有害性を否定した。そのような教育上の不都合は,社会の受け止め方の問題である。とすると,関連性すらなく,必要最小限度の基準は当然満たさない。

さらにYは,原告らの宿泊によって他の団体とのトラブルが発生する可能性があるという(理由2)が,この点の可能性は明白かつ現在の危険が必要である。それにそもそも,トラブルの原因は他の団体が同性愛者に偏見を有するからであって,偏見に基づく挑発行為に対しては,その他団体の施設利用こそYは規制すべきである。

憲法における三段階審査論

公法 司法試験 憲法 新司法試験 法律

 

スターバックスでラテを飲みながら憲法を考える

スターバックスでラテを飲みながら憲法を考える

 

 ( スターバックス憲法??と思いましたが結構良い本です。)

 

 

三段階審査とは,審査を三段階に分けて,

まず一段階目で原告が制限されていると主張する利益が憲法上の権利かどうか,それが保護範囲に含まれているかどうか,

二段階目は事案で問題となっている法令や処分が実際にこの保護範囲に含まれている権利を制限しているかどうか,

三段階目は一段階目と二段階目を踏まえ,保護範囲の中核にある権利を直接に制約していたら厳格な審査をするというように,その制限を正当化できるかどうか

をみる,というものである。

 

 

憲法I  基本権

憲法I 基本権

 

 

 

憲法上の権利の侵害の有無を,まずは原告が主張している具体的な利益が憲法上の条文によって保護されている権利といえるかをまずチェックし,次にそれが国家権力によって(私人によってではなく),あるいは本人の同意があるわけではなく,個人の権利が公権力により制限されているかということをチェックする。それぞれの場合にその保護の程度,あるいは制限制約の態様等を分析しておいた上で正当化判断を行う。

 

10年以上前,当時からこれを提唱していた学者はいたようだが,自分も学生のころに独自にこのようなことを考え,松井茂記教授(大阪大学ブリティッシュ・コロンビア大学)と少し議論させてもらったことがあるが,考えてみれば法律家として当たり前の考え方で,保護範囲・制限・正当化の枠組みは,刑法でいうと構成要件該当性→違法性阻却の判断をしているのと同じ。学生の一試論に対し,松井教授も当時好意的に受け止めてくださったように記憶している。

 

日本国憲法 第3版

日本国憲法 第3版

 

 

これは一般的な法学のものの考え方で憲法上の権利侵害というものを見直してみようというだけのこと。付随的審査制の下で日常民事刑事行政のあらゆる法律問題に対処している裁判所はもともとこのような考え方で憲法審査に取り組んでいたはず。

 

 

LAW IN CONTEXT 憲法 - 法律問題を読み解く35の事例

LAW IN CONTEXT 憲法 - 法律問題を読み解く35の事例

 

 

 

 

公務員の労働基本権の判決

司法試験 公法 新司法試験 憲法 法律

公務員の労働基本権に関する諸判例は,日本の憲法裁判史を考える上で重要である。

 

当初,公務員の労働組合が争議行為を行うことを事実上可能にするようなものではないか,ということで最高裁の中でリベラルな勢力があるのではないかというふうに当時の政権が危機感を抱き,人事院が抜本的な最高裁判事の人選を変えたのではないかという話がある。

 

全逓東京中郵事件:当時国営だった郵便局の局員がストを行うということが問題になった事件。ストを呼びかけたことで処罰されるというときの根拠規定は郵便法第79条(郵便物の不取扱罪)であった。つまり,公務員の労働基本権の制限を目的とした規定ではない。よく正月近くになると,年賀状を運ぶのが面倒くさいということで,勝手に捨ててしまう郵便局員が話題に出ることがあるが,それを取り締まるということが,郵便法第79条の規定。

東京都教組事件:公務員の争議行為の違法性に強弱がある,許される争議行為とそうでない争議行為があるということを考えなければならない。さらには,争議行為を呼びかける,そして処罰されるということが念頭に置かれている行為についても違法性の強弱がある。したがって,公務員法上,争議行為を呼びかける行為は処罰の対象になってはいるが,憲法上の労働基本権の保障を踏まえれば,違法性の薄い争議行為について,違法性の強い煽り方をしたという場合だけが処罰の対象になるのではないという二重の絞り論。

全農林事件:全面的な争議行為の制限およびそれを煽る行為を全面的に処罰することが合憲であるとされた。

全逓名古屋中郵事件:ここで問題になっている処罰の根拠規定は,郵便法。そもそも郵便事業の適正を確保する,郵便法の免責の規定,郵便業務を取り扱っている人と同じような,基本的には郵便事業を確保するという規定。この全逓関係の事件では,公務員の労働基本権としてとらえたときに困った問題が起きる。地方公務員法国家公務員法上,争議行為をしたとして処罰されるのは一般の争議行為をしたヒラの人が処罰されるわけではなくて,争議行為を煽った人である。これに対して郵便法は,郵便物を取り扱わなかった人を処罰するという構成要件になっている。つまり,今では民営化されるくらい,公務員の中では,それほど権力的な作用を持っていなかった,郵便局員でストに参加した人達,ストを呼びかけた人ではなくストに参加した人まで一網打尽で処罰しないと話が合わなくなってしまう。これは非常におかしく,地方公務員,国家公務員について組合活動をした幹部,組合の幹部の指示に従ってストを行った人は懲戒処分にはなっても刑事処罰の対象にはならないのに対し,郵便局員についてはストに参加しただけで刑事処罰の対象になり平仄が合わない。

 

東京都教組事件では地方公務員法,それから全農林事件においては国家公務員法上の争議行為の禁止として争議行為を煽った人に対する刑事罰の規定が問題になっている。問題の現れ方が,それぞれの判決群において微妙な違いを生じさせる。都教組事件,全農林事件では公務員による労働争議,組合活動を禁止する規定がまずあり,したがってそれは憲法第28条の関係で許されるかが問題になる。さらには,それに対して争議行為を呼びかける,組合の幹部の指示・指令というものが争議行為を呼びかけたということで処罰の対象となるかということが争われた。

 

一方,全逓東京中郵事件・全逓名古屋中郵事件においてはこのような一般的なストかどうかは関係なく,一般的な郵便業務の,郵便物を取り扱わなかった人達についても労働組合法第1条第2項の適用があるということが問題となる。労働組合法第1条第2項は刑事免責を認める規定。憲法第28条の労働基本権の保障には自由権的側面と社会的側面がある。自由権的側面である刑事免責を具体化した規定が労働組合法第1条第2項。郵便局員について労働活動として郵便物を取り扱わなかったという場合にも,この労働組合法の適用があるので,正当行為として不可罰になるのかという形で問題が現れていた。

また,一般的義務の免除という側面からは,エホバの証人の生徒に対する剣道受講強制事件や公立学校の教職員の君が代起立拒否事件も参考になるものと思われる。

※社会的側面:労働基本権を確実に実現するための立法を国家が行わなければならない。積極的な作為を行う義務,具体的には労働基本法を整備するというような社会的な側面

自由権的側面:労働活動をした労働基本権の正当な行使をした人を処罰してはならない,つまり労働基本権の行使という自由権に対して国家が制裁を加えるということは許されないという側面(民事免責・刑事免責)

 

なお,全農林事件によって公務員の基本権の行使全体が制限されてもやむを得ないという立場をとったとしても「単純参加者についてはこれを刑事罰から解放する趣旨」とされている。いずれの事件においても基本的には処罰の対象となるのは組合の幹部だけということが前提になっている。