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k's point of view

経営の現場で,サラリーマンとフリーランスの境目にいる者です。旧司法試験の問題を中心に,新たに実務的視点で考えてみるブログです。その他ビジネス関連の雑考や法律・ビジネス関連の書籍紹介もいろいろ記載していく予定です。最近は映画についての感想も縷々書いています。

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いつもこのブログを訪ねてくださっている皆様に御礼申し上げます。

 

とある1つのコンテンツから一気にアクセス数が伸びました。最近は1日100件以上はPVをいただけるようになりました。

 

まだまだネタはあるので,まだまだ充実させていく予定です。

 

今後ともよろしくお願いします。

売買目的物の滅失 民法問題解析

【問題】

 AとBは,当年収穫のジャガイモ1トンの売買契約(12月1日に引渡し,代金を支払う)を結んだ。ところが売主Aが期日に買主Bへジャガイモを運んだにもかかわらず,Bは品質が悪いといって受け取らなかった。Aが持って帰り,倉庫の自分の他のジャガイモと一緒に入れ保管していたところ,異常寒波のために凍結し全部だめになった。この場合のABの法律関係を述べよ。

 

【問題の所在】

 特定と危険負担の問題。AとBがどのような請求を望むか,それらの請求が認められるか,という観点から考えていく必要がある。

 

【解説】

Ⅰ 買主Bからの履行請求,解除,損害賠償請求

 Bは,あくまでもジャガイモをほしいときには,別のジャガイモ1トンを引き渡せと主張し,この契約をやめにしたいときは解除する。ジャガイモなら他から調達するのが自然である。この意味で解除と損害賠償が普通である。期日にまともなジャガイモを受け取れなかったために受けた損害の賠償を請求するであろう。具体的には,Bが他からジャガイモを購入するために余計にかかった費用である。

 第1のジャガイモの引渡請求は認められるか。これは,目的物が滅失したときに売主は他から調達して,契約した本来の給付をしなければならないか,という問題である(給付危険の問題)。本問は種類物売買の場合である(特定物売買か種類物売買か,あるいは制限種類物売買かは契約時の目的物の指示の仕方で決まる。したがって,後で他のジャガイモと一緒に倉庫に入れても制限種類物売買になるわけではない)。種類物売買の場合には,「債務者が物の給付をなすに必要な行為を完了し」たときに目的物が特定する(民法第401条第2項)から,その後に滅失したのであれば,他の物を調達して履行する義務はない。この「物の給付をなすに必要な行為」とは何か。本問のように債務者が現物を持参したときは,特定することに異論はない。ただ注意が必要なのは,契約の趣旨に適合しない目的物の提供ではだめだということである。本問の場合,品質に合意がなかったとすると,中等の品質(民法第401条第1項)のジャガイモを提供したときは特定が生じ,Aは別の物を給付する義務を負わない。

 第2の解除と第3の損害賠償請求は,いずれもAに債務不履行があるときに認められるが,その債務不履行の有無も,Aが適切な品質のジャガイモを提供していたか否かによる。これは弁済の提供の効果である(民法第492条。弁済の提供の方法については民法第493条)。まず,ジャガイモの品質が適切でなかった場合には,そのことが債務不履行であり,免責事由が立証されない限り,Bは損害賠償を請求できる。さらに,品質が適切でなかった場合には特定も生じていないので履行遅滞解除が問題となり,Bが催告をして相当期間内にAが履行しなければ,契約を解除できる(民法第541条)。次に,ジャガイモの品質が適切であったときには,この点で債務不履行はない。もっとも,このときには,目的物が特定し,Aはその保管義務を負うのでその不履行が問題となる。この義務は民法第400条の善管注意義務であるが,適切な品質のジャガイモの受領を拒んでいるので,受領遅滞が発生し,その効果として債務者Aの保管義務が軽減される。保管義務は「自己のためにすると同一の注意義務」となる。したがって,Aは自己の所有する他のジャガイモと同じように保管していたのであるから,凍結による賠償責任を負わず,また,Bから解除されることもない。

 

Ⅱ 売主Aからの代金請求

 Aの側で問題になるのは代金請求である。その可否は,Bがどの権利を行使するかに左右される。まず,ⅠでみたところによりAに債務不履行があってBが売買契約を有効に解除した場合には,Aは代金を請求できない(民法第545条第1項本文)。次に,Bが契約を解除しない場合(解除できない場合も含む)のうち,Aの提供したジャガイモの品質が適切でなかった場合には,Bが別のジャガイモを請求でき,それに応じてAが履行したときは,Aはその代金を請求できる。

 問題は,Bが契約を解除しない(できない)場合のうち,Aが適切な品質のジャガイモを提供し目的物が特定していたために,Bが別のジャガイモを請求できないときである。このときAはBに対し代金を請求できるか。危険負担の問題である。民法によれば,以下のように処理される。

(a) 債務者Aの責めに帰すべき事由による場合は,AのBに対する損害賠償債務が存続するから存続上の牽連性の問題は顕在化せず,危険負担の問題から外れる。

(b) 債権者Bの責めに帰すべき事由による場合は,Bの債権は消滅するが,Aの代金債権は存続する(民法第536条第2項)。

(c) ABいずれの責めにも帰せられない事由による場合には,原則としてAは代金を請求できない(民法第536条第1項)が,本問のように目的物が特定しているときには請求できる(民法第534条の債権者主義)。

 Aが適切な品質のジャガイモを提供した場合には目的物は特定しているので(c)の類型となり,Aの代金債権は存続する。債権者主義の合理性には疑問も呈されているが,ここで想定している事態(Aが適切な品質のジャガイモを提供した場合)に関していえば,Bに受領遅滞も認められることから,実質的には(b)の類型と同視でき,民法第536条の規定には疑問は呈されていないので,合理的な解決であるということができる。

瑕疵担保と債務不履行 民法問題解析

【問題】

セールスマンAは,自動車販売業者Bから中古自動車を,代金90万円の全額を払って購入した。ところが2か月目のはじめに調子が悪くなり,修理工場で見てもらったところ,エンジンに欠陥があり,このままでは50万円くらいの価値しかなく,修理には30万円ほどかかるといわれた。Aは,Bが何もしてくれないので,3か月目以降はレンタカーを借りて仕事をしている。この間,2,3か月目の収益は以前の平均と比べて20万円ほど少なかった。AはBにどのような請求ができるか。

 

【問題の所在】

 買主Aの請求として,①完全な履行を請求する(別の中古車の引渡し,あるいは,当該中古車の修理),②損害の賠償を請求する,③契約を解除する,の3つが考えられる。このうち民法典は,債務不履行責任では①②③全てを規定し(民法第414条,第415条,第540条以下),瑕疵担保責任では②③を規定している(民法第570条・第566条)。

 ところで,Aが,損害賠償請求はあきらめて,払った代金90万円の取戻しを考える場合は,③の契約解除をすることになる。民法第541条と第566条で要件はやや異なるが,本問の場合はいずれによっても解除は認められる。

 問題は,代金の取戻しでは満足せず,①や②の手段を望むときである。というのは,瑕疵担保責任でも①の完全履行を請求できるのか,また,債務不履行責任と瑕疵担保責任とで②の損害賠償の内容が違うのではないか,が問題となるからである。

 

【解説】

1 伝統的な学説(Ⅰ)と近時の学説(Ⅱ)の整理

 第1に,Ⅱは特定物売買の合意は瑕疵のない物の売買だと解するのに対し,Ⅰはそのような契約は成立していないと考える。第2に,Ⅰは債務不履行責任は有効な契約に基づくが,瑕疵担保責任は有効な契約がない部分に法律が特別に認めた責任だ(だから完全履行を請求できず,賠償は信頼利益に限られる)と考えるのに対し,Ⅱは,いずれも有効な契約に基づくが,ただ瑕疵担保責任は売主の過失を要件とせず,代わりに賠償責任が信頼利益に限られ,1年の期間制限に服すると考える。以上の違いから,第3に,特定物売買の場合に,Ⅰでは瑕疵担保責任のみが適用されるのに対し,Ⅱでは両責任が並存しえ,売主に過失があるときは,買主はどちらか有利な方を追及することができ,売主に過失がないときには瑕疵担保責任のみを追及できるとする。

 

2 完全履行請求の可否

 契約締結の際に「その物」と特定しただけで完全履行請求を否定するのは妥当でない。一般に特定物売買でも,目的物には代替性があったり,修補が可能であったりすることが多い。

 

3 損害賠償の要件・内容

 信頼利益とは,目的物に瑕疵がないと信じて契約を結んだために受けた損害である。本問でいえば,Aが購入のためにかけた費用(契約費用,名義書換費用など),払った代金額(90万円)から瑕疵ある物の実際の価値(50万円)を引いた額(40万円)だけである。

 修理した場合の修理費用,レンタカーの賃料,収入の減少分は,履行利益となる。

 信頼利益賠償は,買主が瑕疵を知っていて契約を結ばなかったら現在あるであろう状態を実現するためのものである。他方,履行利益賠償は,欠陥のない目的物が給付されたと同じ状態を債権者に与えるものである。

 売主に過失がある場合にまで信頼利益に賠償を制限するのは不合理である。我妻栄はこの点を意識し契約締結上の過失の理論で履行利益賠償を認めたが,そもそも特定物ドグマを肯定することが必然でもなく単なる一学説にすぎず,過失がある場合には不完全履行に関する民法第415条の適用を認めるという解釈も十分可能である。

二重譲渡・受領遅滞・危険負担 民法問題解析

【問題】

 Bは6月1日に骨董商Aが陳列していた300万円の青磁の壺を見て,買うことにし,Aにその旨を述べて,明日現金を持ってくるから取っておくように依頼した。その後,Aは外出したが,その際に店番を頼んだ店員Dにうっかり青磁の壺が売れたことを伝えなかったところ,Dは,来店したCが青磁の壺を買いたいと申し出たのに承諾を与え,Cが明日現金を持ってくるまで壺を取っておくと約束してしまった。外出から戻ったAは,Dからその旨を聞いて困ったことになったと思ったが,壺は売却済みとして保管することにした。

 ところで,BもCも6月2日には来店せず,6月3日となったが,この日にあった大地震のためにケースが倒れ,「青磁の壺」は壊れてしまった。そしてその直後に来店したBとCは,壊れたつぼを見て,代金支払を拒絶した。

 ABCの法律関係を検討せよ。

 

【問題の所在】

 青磁の壺が破壊された原因は売主と買主の双方にとって責任のない大地震である。それゆえ,青磁の壺の破壊にもかかわらず,買主がなお代金の支払の義務を負担するかという危険負担が問題となる。

 

【解説】

1 特定物売買と危険負担

 Aは青磁の壺をまずBに売却する契約を締結したが,この売買契約は骨董たる青磁の壺を対象としているために,特定物売買であるといえる。その給付すべき特定物は大地震という契約両当事者に責任のない原因で契約成立後に滅失したのであるから,目的物の給付は不能となるものの,青磁の壺を引き渡す債務を負う売主Aは,給付不能について債務不履行責任を負わない(給付危険の問題,民法第415条反対解釈)。ここに至り,反対給付である代金債務の帰趨が問題となる(対価危険の問題)。

 特定物売買における危険負担については債権者主義が適用される(民法第534条第1項)。物の引渡しがなくても代金を支払わねばならないという債権者主義は妥当性を欠く。そのため同条項の縮小解釈が試みられる。(ここではその細かい議論は省略)

 

2 二重売買と危険負担

 設問では,店員Dも青磁の壺を買いたいとのCの申出に承諾を与えた。店員Dは店にある商品の販売に関する権限を有するゆえに(商法第26条),このCD間の売買の効果はAに帰属する。その結果二重売買が生ずる。

 特定物を二重売買した場合の危険負担については,債務者主義(民法第536条第1項)を採る解釈が妥当。債権者主義を制限しようとする傾向が強い上に,さらに二重売買では債権者主義を採ると対価を二重に受け取れることになるからである。

 Aが二重売買をした段階での危険負担は債権者主義であり,AはBCに対する代金債権を失う。

 

3 受領遅滞と危険負担

 設問においては,取立債務にもかかわらず,BCともに期日に壺を受け取りに来なかった。受領拒絶であり,受領遅滞である(民法第413条)。受領遅滞の効果として,対価危険の負担は,債権者に移転する(債権者主義,民法第536条第2項)。つまり,受領遅滞後の青磁の壺の破壊は,代金債務を消滅させない。(やや違和感があるが,民法の規定上そのように解さざるを得ない。)

 本問では,二重売買との関連で,さらにこの処理を貫徹してよいかが問題となる。結論としては,Aはいずれにも代金を請求できるとし,不真正連帯として処理するほかないように思われる。その上で,BCは求償関係に立つと解される。

製造業における海外市場での勝負・ローエンド品のラインナップについて

少し走り書き的ですが…

 

 

1.結論

 

 

公理:企業活動において,現状の生産設備・人員・ノウハウ+少ない追加投資で大きなリターンを得ることは「善」

 

安価品(ローエンド)をやるメリット

  1. 顧客層の拡大
  2. 既存のローエンドを製造している競合他社のスペック向上・ハイエンドへのキャッチアップへの対処ができる
  3. 情報が入ってくる
  4. Volumeが取れ,全体の個別原価が下がる
  5. ハイスペック品のアウトグレードを転用できる
  6. 安価製造のトレーニングになる

 

高価品(ハイエンド)に固執するリスク

  1. ローエンド品のスペック向上による代替によるハイエンド市場の破壊
  2. ローエンドメーカーに市場での経験を積ませてしまい,レッドオーシャンに突入するリスク
  3. 過剰品質となる分野では全然顧客が取れない
  4. 少量多品種生産となり,原価が高止まりになりがち
  5. 設計・開発が硬直化(機能を足す方向でしかものを考えなくなる)
  6. ローカル化の不足を招き,正面から海外市場で戦えず,日系企業相手になる
  7. 日系の現調化の流れに乗っていけない


 

 

 

 

2.対処の方向性

 

 

新興国市場=成長市場

日本企業:高い技術力を持っていると言われながら,新興国市場で成功している例が少ない

日本企業の製品=「過剰品質」=現地市場中間層のニーズを必ずしも的確に捉えているとは言えない

経営資源が本国に偏っており,成長市場で事業を伸ばすために適切な資源配置が行われていない→こうした状態は,「イノベーターのジレンマ」と同様の状況

    • リーダー企業が失敗するのは,従来の大手顧客の要望だけに効率的に応えられるようになり,新規顧客の要望を見逃してしまうから。従来の顧客により適合することが新しい顧客に適合できない失敗要因になっている。日本企業がアジア市場で直面する課題もこの問題とよく似ており,「新興市場戦略のジレンマ」ということができる。

 

新興国中間層市場への対応

新興国市場,とりわけ中間層市場において,しばしば指摘される問題は次の3つ。第一に,過剰品質で価格が高すぎる,第二に,いくら良い製品を作っていてもその製品の良さが理解されない,第三に,そもそも製品の仕様が現地のニーズからずれている。どのようにして,このような問題をどう克服するか。

新興国市場でなかなかうまくいかない日本企業の製品を見ていると,必ずしもその製品自体が悪いからだとは思えない例が多い。日本企業の技術力やものづくり能力は依然として高い。日本企業の成果が低いのは,技術力やものづくり能力を活かすビジネスモデルや,ものづくりの価値を顧客の価値に転換していく活動が不足していることにある。

 

この問題を克服するには

 

  1. ジレンマが発生する要因を正しく理解
  2. 新興国市場に適合する品質・機能軸を再検討
  3. 「適正品質」を基軸に市場戦略を再構築
  4. 価格戦略による市場浸透化に備えるために経営資源の配置をこれまでのものからドラスティックに再編成

 

する必要がある

 


 

3.個別的課題と対応策

 

・ローエンド市場において,現地のローカルメーカーに対しては後発であるという問題

  1. じっくり時間をかける
  2. 慢性的なモノ不足に陥っているニッチな分野を攻める
  3. 不良の多発など既存品への不満をつく(ローエンドと言いながら「セミハイエンド」)
  4. コストリーダーシップをとれる秘策を考案する

 

・人件費・その他固定費の問題

  1. 個別原価計算をする
  2. 単価設定のルールを決める
  3. 稼働率を上げる
  4. ハイエンドの既存品で採算が取れている場合には,ローエンド品は固定費の配賦をしないというような会計処理上の操作をしてみる

※ 現地企業は,日本企業の製品をまねて開発費を節約しているため,開発費を原価に織り込むと競争上不利になるので,原価の考え方を変える必要がある

 

限界利益の確保の問題

  1. 原料のスペックを変える
  2. 原料の調達経路を変える
  3. 製法を工夫し,プロセスを省略する
  4. 品質基準を下げ,歩留まりを上げる
  5. 余計な機能をカットする

※ 品質を下げても対してCost Downしないという可能性もある

 

・高スペック品を作るように組織が最適化されているという問題

    • 一例として,新興国市場に取り組む日本企業の多くは,開発設計は日本に残していることが多く,それが現地の販売現場と離れていることが問題
  1. 組織の最適化・現地人材の充実
  2. 経営マインドの変革

輸血拒否 憲法問題解析

【事案】

 Xは,手術をすれば当面は生きながらえる中期のガンを宣告された。かねてから輸血の医学的な安全性に疑問を有していたXは,国立病院の担当医師に対して無輸血手術を申し入れ,医師がそれを了承したため手術を受けた。その結果,Xのガンはさしあたり治癒した。ところが,手術中に同医師がこっそり輸血をしたことが後に知れたため,Xは,国を相手取り,右医師の行為により患者の自己決定権が侵害されたなどとして慰謝料請求訴訟を提起した。国側はこれに対して,右輸血はXのガンが予想以上に進行していたため,医学的理由からやむを得ず行ったもので,医療において医師の医学的見地が最優先されるべきであるから,債務不履行不法行為には当たらないと主張した。両者の主張を憲法論の観点から検討せよ。

 

【考え方】

1 問題の所在

 患者の自己決定権はどのような意義を有しどの範囲で保障されるか。他人を害しない以上,本人に不利益な自己決定であっても,それに干渉することはできないのか。それとも,少なくとも生命健康にかかわる場合には後見的な介入が許されるのか。また,この事案ではエホバのような宗教的教義に基づく信念とは違うので,この点がどのように考えられるべきかも問題となる。

 

2 自己決定権

(1) 自己決定権の意義

 自己決定権とは,他者加害性を有しない純然たる私事についての選択の自由である。憲法が自律的個人を前提としている以上,憲法第13条の個人の尊厳や幸福追求権には,人が「自分のこと」を,他人とりわけ国家権力の干渉を受けることなく自分で決定することの保障(自己決定権)が当然含まれている。他者に危害を加えるわけでもないのにその行為を制約するのは,その理由が特定の生き方を強制するものであるから,道徳の押しつけとなり,善と正義を区別し,何が善かを個々人が判断し追求できる近現代の正義の観念とそれを基礎にしている現在の日本国憲法の考え方に反する。

 ただ,その裏の論理として,些末な判断ミスで個人が不合理な選択をしようとしていると明らかに認められ,結果的に人命が助かるような場合にまでそのようないわば不合理な,錯誤に基づく「生の自己決定」を認める必要まではない。個人の判断能力の限界を認め,それを後見的に保護することは憲法や法律の世界はいくらでも見られる(放棄ができない奴隷の自由などの絶対的権利(憲法第18条など)や刑法上の錯誤に基づく同意の無効など)。

 ここで,自己決定権の内容を規定する「自分のこと」とは何かが問題となる。他人の人権行使や個人の尊厳や生命健康に対して害悪を及ぼさない事項が「自分のこと」である。逆に,人権の内在的制約の対象となるような他者とのかかわりを有する行為は自己決定権の対象とはならない。

  • 典型として,冬山登山などの「危険行為の自由」,同性愛などの「ライフスタイルの自由」,産む・産まないといった「リプロダクションに関する自己決定」,安楽死尊厳死といった「死の自己決定」。これらが典型として挙げられる理由は,他人の干渉を招きやすく,他者加害性がないにもかかわらずこれまで規制の対象とされやすかったという点にある。
  • 一例として,大麻使用の自由について考えてみたいが,大麻はその中毒性及び脳の委縮等による判断能力の低下により自己決定権の想定する「自律的な個人」を掘り崩すという理由で大麻使用の自由は制約されうるものと思われる。また,他者加害性を肯定することもできると思われる。しかし,国際的な一部の潮流を見ると,その中毒性などの科学的根拠については再検討が必要かもしれない。

(2) 自己決定権の限界 

 患者の治療拒否に対する自己決定権を認めると,放置すれば死に至る病の場合には自殺そのものの自己決定権を認めることにつながるという懸念もあるが,治療拒否の結果としての死は病気がもたらすものであって,患者は治療拒否によって残りの生をどう生きるかという「生の自己決定」を行うとみるべき場合がある。

 本件事案の輸血拒否は,あくまでも治療効果に着目した決定であるところ,科学的に正しい行為を医師として行った結果,患者の健康が回復し,それにより当初患者が目的としていた治療効果が達成されている。あくまでも手段としての輸血を拒否していただけであり,輸血拒否がその人生の目的や特定の生き方の表れというわけではないので,この決定は自己決定権の範囲外というか自己決定権の内在的制約というかはロジック的にどちらもありうるが,いずれにせよ自己決定権の侵害とは言えず,違憲違法とはいえない。

 

3 患者の自己決定権

 憲法が予定する個人像は,自律的な個人であり,自分の責任で自分の人生を自由に設計し,その結果得られた成果を自らの決定の結果として引き受ける個人である。客観的には不利益・不合理なことであっても,当人が十分に情報公開を受けた上で自らの価値観に基づいて選択するのであればその選択が最終的なものである。この意味で,自己決定権の行使については,それが純然たる私事に関するものである限り,他人からの干渉や法的規制は許されない。

 しかし,特定の目的の下,明らかに不十分な情報に基づいて明らかに不合理な判断をする場合については,錯誤が認められ,当人の目的が結果的に公権力のサポートによって達成される場合に限っては,結局自律的自己決定をサポートしているといえ,自己決定権の制約も可能になると思われる(これもある種の内在的制約と言いうる)。

  •  なお,この「生の自己決定権」は「自殺の権利」とは一線を画する。自殺は個人の尊厳に規定にある人間の尊厳(前者は自己決定を許すが,後者は自己決定を超えた客観的な価値である)の理念に反するため,自殺の権利を自己決定権に含めることは異論がありうる(保護範囲の問題)。最高裁が自殺の自由を正面から認めることは考えられない。ここで問題となる尊厳死などのいわゆる「死の自己決定」は,実は残りの生をいかに生きるかという「生の自己決定」の一部である。この意味で自殺の権利とは区別可能であると考える。まして危険行為の場合には,未踏峰を目指す山岳家の例を見れば明らかなように,いかに生きるかという「生の自己決定」に他ならず,これも自殺の権利とは区別される。

 

4 (補足)宗教的信念に基づく患者の自己決定権の限界

エホバの証人輸血拒否事件

一審東京地裁:人の生命は至上の価値を有し,医師は可能な限りの救命を果たす義務を有するとして,宗教上の理由で輸血を拒否した患者の訴えに対し,無輸血手術の特約は公序良俗違反で無効であり(民法第90条),医師は一般的には患者に治療内容について説明義務を負うものの,患者が頑なに輸血を拒む場合には,輸血がありうることを説明しなくても違法ではない,とした。(嘘も方便というような考え方。)

二審東京高裁:患者の輸血拒否が他人の権利や公共の利益を損なうものでない以上,無輸血手術の特約は有効であり,また,人生において何に価値を置くかについての本人の自己決定(ライフスタイルの自由)が認められるべきであり,人はすべからく死ぬものであるから輸血拒否行為は自殺と異なり,残りの生をどう生きるかという生の自己決定として自己決定権に含まれる。輸血は自己決定権侵害の不法行為となる。

上告審最高裁:宗教上の信念という明確な意思に基づいて輸血拒否をするという意思決定をする権利は,人格権の一内容として尊重されなければならないと述べ,「人格権」という構成によって患者の治療拒否権を肯定した。

  • なお,いずれも宗教的行為の自由に対する侵害の有無には言及されていない。

 私見では,宗教的信念に基づく患者の自己決定は,いかにそれが科学的に説明のつかないものでも,他者加害性がない限り絶対的に保護される。これは不合理や錯誤などをいえるものではなく,単純にその人にとってそれが真の幸福をもたらす真理であるからである。これを治療的観点や生の押しつけにより否定することは,特定の生き方を多数派の道徳観から否定するものであり,個人の人格の根源的平等・自律を否定するものであり,違憲違法である。

  • なお,本件事案ではそういうものではなく,この宗教を基礎にした立論は当てはまらない。あくまでも治療効果を上げたいという目的での輸血拒否であり,結果的に輸血により健康が回復したため,目的としては達成されており,この自己決定権の制約はその内在的限界に直面していたことが証明されており,正当化される。

公務員の人権 憲法問題解析

【問題】

国家公務員法は,公務員の政治活動の自由及び労働基本権を制限しており,判例はいずれに対しても国民全体の共同利益を理由として合憲判決を下している。これらについて論ぜよ。

(参照)

国家公務員法第102条第1項 職員は・・・・・・人事院規則で定める政治的行為をしてはならない。

同法第98条第2項 職員は・・・・・・争議行為をなし,又は・・・・・・怠業的行為をしてはならない。

 

【解答】

 

1 問題の所在

 国家公務員法表現の自由に含まれる政治的活動の自由,労働基本権に含まれる争議権を制約しており,それぞれ最高裁によって合憲と判断されている。最高裁判例を手がかりとして公務員の政治的活動の自由及び争議権を制約する法理を検討することが以下の課題である。

 

2 公的領域と私的領域

 労使関係的に捉えると,公務員は業務時間中の公的領域と時間外の私的領域を生きている。公的領域においては,一般の企業よろしく業務遂行のためのルールが設定されており,それに対しては少なくとも包括的には同意している。一方で,私的領域における自由もこれに伴い制約されることがあり得る。これらの契約・合意に直接的に由来する公的領域での権利の制約と,契約・合意に随伴してもたらされる私的領域における自由の制約を分けて考える必要がある。

 

3 公務員と一般の企業の人

 争議権など,労使関係の構造的非対等を是正するための制度的権利保障に関しては,公務員も一般の企業の人も基本的には同等に扱われるべきである。争議権などは放棄の許されていない権利であり,合意理論で制約を基礎づけることは難しい,すなわち,「公務員だから包括的に放棄に同意しているだろう」という論法は使えないのが憲法の規定の趣旨である。公務員の特別な業務の必要性から制約されることは一概に否定しきれないが,それは国の側がそれに見合った報酬やその遂行に耐えうる人材をその努力で獲得するものであり,法律の力を使って無理やり権利をはく奪することは正当化できない。付言すると,医師や傭兵など,民間でも公務員に匹敵する特別な業務の必要性が認められる仕事もたくさんある。彼らの争議権を奪うことはどう考えてもできなく,契約・合意理論においての公務員と一般の企業の人の区別は恣意的と言わざるを得ない。

 

4 内在的制約論

 基本的人権の制約を可能にするのは,他者の人権を保護する必要がある場合のみである。これを内在的制約論という。憲法の公共の福祉の内容が漠然としており,これを広く解釈するとなんでも人権の制約が正当化されてしまうので,このような枠付で人権保障を図るのが妥当であり,本問でも国民全体の利益のため個人の人権の制約が許されるという「功利主義」の考え方は厳に慎むべきである。

 

5 リベラリズム

 個人が人権を行使する際は,その結果がどうなろうとそれが正しいから保護されるというのが,個人の人格の根源的平等を尊重するリベラリズムに立脚したはずの現在の憲法基本的人権の考え方である。それを国が勝手に結果だけに着目してしかも後知恵的にその人権行使を否定してしまうのは個人の生き方の否定であり,憲法に反する。

 

6 政治活動の自由の制約

(1) 概観

 政治的意見表明の事由など,政治活動の自由は民主主義にとり不可欠であることは論を待たず,優越的地位を有するとされる表現の自由の主要な内容をなすといえる。にもかかわらず,公務員の政治活動の自由については,主体が公務員であるというだけの理由で,具体的な公務の種類を問わず,勤務時間外も含めて,一定の行為類型が国家公務員法第102条及び人事院規則により禁止されている。これは政治活動であるという表現内容を理由とする制約に他ならない。

(2) 猿払事件最判の検討

 猿払事件最判は,国公法の制約目的は,「公務員の政治的中立性を維持し,国民全体の共同利益を実現すること」にあるとする。具体的には,公務員が政治的中立を保つことによって,①国民の信頼を確保することで行政効率を維持する,②政治的介入を防ぐことができる,③内部の政治的対立を防ぎ行政効率を維持することができる,としている。

 同判決は「政治的中立性」を中心に据える。公務員の職務内容は法治主義の下では法に規律され,職員個人の政治的変更が行政に反映してはならないのは当然である。問題は,なぜ公務員が勤務時間外の庁舎外での表現行為の内容にまで,広く政治的中立を要求されるかである。判旨が挙げる理由は,国民の信頼を確保することで行政効率を維持する,というに尽きる。公務員の政治的活動の自由という表現内容の自由が,行政効率という利益のために制約されている。

 私的領域での政治的活動を制約することによって国民の信頼を確保するというのは,主体のない集団的「国民」を想定し,さらに「信頼」などという二重にFictionalな前提に頼っており,私的領域での基本的人権の行使を制約を正当化するには困難な論理である。また,内部の政治的対立を招き行政が効率的に運営できないというのは明らかに就業上の規則違反であり直接的にその対立行為を処罰すべきでありその遠因となるかもしれない政治的活動を私的領域にもわたり制約するのはやはり行きすぎである。具体的な個人の人権が害される危険があることを求めるのが「公共の福祉」に関する内在的制約論である。政治的中立性を制約目的とする政治活動の制約は違憲というべきである。

 

7 争議権の制約

(1) 概観

 国家公務員法第98条第2項は,公務員が「政府を代表する使用者としての公衆に対して同盟罷業,怠業その他の争議行為」を行うことを禁止している。民間労働者が,「団体交渉その他の行為」について正当な労働基本権の行使であれば刑事及び民事責任を免れる(労働組合法第1条第2項,同法第8条)とされていることに比べると,公務員の労働基本権の制約の程度は大きい。公務員も勤労者であり憲法第28条の権利の保障を受けるのであれば,何ゆえにその争議権を職種や目的にかかわらず一律に禁止できるのか。

(2) 全農林警職法事件最判の検討

 全逓東京中郵事件最判が打ち出し,都教祖事件最判に継承された流れは以下のとおり。①「全体の奉仕者論」によって公務員の労働基本権を一律に否定することは許されない,②公務員の労働基本権の制約は,国民生活全体の利益の保障という見地からの内在的制約に限り許される,③公務員の労働基本権の制約は,労働基本権の利益と国民全体の利益を比較考量して,必要最小限のものでなければならない,というものであった。

 全農林警職法事件判決は右の①~③を逐一否定した。①に対しては,「国民全体の共同利益」という概念で「全体の奉仕者」に代えようとしているかに見える。また②については,公務員の職務を一律に公共性が強いものとし,公務の停滞は国民全体の共同利益に重大な影響を及ぼすおそれがあることを制約の理由とする。③については,比較考量論と必要最小限度の基準は排除され,(限定解釈をしない)文面どおりの制約が「必要やむをえない限度の制約」で合憲とされる。

 全農林警職法事件最判が自身を補強するために新たに創出した理屈は次のようなものであった。(イ)公務員の争議行為は,議会制民主主義という憲法上の原則に反する。(ロ)ロックアウトや市場抑止力による制約が働かない。(ハ)人事院勧告という代償措置の存在。(ニ)二重の絞り論は明確性の原則に反する。

 しかし,労働基本権には自由権的側面が指摘されるから,「内在的制約」という観点自体は認めることが可能であるとしても,「国民全体の共同利益」というマジックワードでは内在的制約であることを基礎づけえず,違憲である。

 付言すると,議会制民主主義,勤務条件法定主義,財政民主主義の指摘は,国会だけが予算や法律を制定する権限を持つという,制度上の事柄を述べるに過ぎない。右の理屈では,国会の法案や予算の審議ぶりを批判するデモ行進は議会制民主主義等を理由に制約されうることになる。また,争議行為を行う公務員の側にとっては,勤務条件の決定に現実に影響を及ぼす「世論」が市場の抑止力の代わりに抑止力として働く。さらに,代償措置論は,労働基本権は生存権保障を実現するための手段的権利との認識を基礎とするが,労働基本権は,労働者が職場において経営者と対等の立場で雇用条件の改善を迫ることを可能とする人権であって,労働者の尊厳の実現にとって不可欠な人権である。労働基本権が勤労権(憲法第27条)と並んで規定されていることのうちにもこのような趣旨をうかがうことができる。すなわち,労働基本権の保障は,生存さえ実現できれば手段を問わないというという考え方とは相容れない。

※ここまであからさまな判例変更は後にも先にもなく,おそらく当時の右派左派の政治的対立を見て最高裁がひよったか政権与党から何らかの政治的圧力を受けて出された判決だと推測する。