k's point of view

経営を本業とし,その現場で毎日活動しています。このブログは,旧司法試験の問題を中心に,新たに実務的視点で考えてみるブログでしたが,最近は,ビジネス関連の雑考や法律・ビジネス関連の書籍紹介の記事が多くなっています。

文明/アイデンティティ/変化/世代

部族の文明と我々の近代文明の比較についてふと考えが。

 

部族は隔離され,変化しないことがアイデンティティで,極端な場合服を着ることすらアイデンティティの崩壊につながりますが,我々には生活様式の変化とアイデンティティの崩壊のつながりがありません。

 

信仰と生活様式が結びついているイスラムなどもありますが。

 

変化を恐れず進化し続けて環境に適応し続けるのがダーウィン以来の強力なアイデンティティの根源なんでしょうね。

 

そこにさらに世代間のバトンタッチがあるんだと思います。恐竜は滅びてネズミは生き延びたところですね。

Sansan・Eightなど,名刺Techの今後

先日,SansanのEightの事業開発の方とお話する機会がありました。

 

「今後Eightとしては,キャリアが変わっても追っていけるEightの特性とSNSインフラというポジションを生かして,中途採用のプラットホームとしての活用をまず実現したい」とのことで,「引き続きアドバイスしてくれ」とのことでした。


また,安い営業ツールに成り下がっているEight SNSの現状について,「snsとしての最低限のハウスルールの設定と,snsとしてどう使われたいかを,打ち出したほうが良いのでは?」という当方からの指摘に対しては,あまり明確な回答はなく,上記のHRと,newspicksのようなコンテンツメディアを狙っているという話でした。


lineのmyBridge, wantedly people, camcard など,名刺techも渋滞気味ですが,csvでデータ移行して低コストでデータを集めるフォロワーに対しては,ビジョンで突き抜けるしかないと伝えました。

 

学生に名刺をもたせて企業で活躍するロールモデラーと繋ぎ,ダイレクトリクルーティングのプラットホームにすることはやってみるべきと考えられます。

 

Eight - 100万人が使う名刺アプリ

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  • Sansan, Inc.
  • ビジネス
  • 無料

 

間然することなきロジックとは(法的論証)

学説の争いを挙げて反対説を否定すべきだから自説を採用すべきというのはロジックとしては不可です。

AとBという見解がある場合,BでないからAということには必ずしもなりません。Cという可能性もあるからです。それよりも,αの論理的帰結としてA,あるいはα2の論拠からAが妥当らしいという,自律的連関がある方が筋が良いと考えます。

※論理的にAかBしかなく,Bが妥当でないからAしかないというような間然することなきロジックはアリですが,おそらくそのようなロジックは現実的にも法律の分野でもかなり頻度は少ないかわかりきっていることを回りくどく説明しているだけになると思われます。

 

刑法の構成要件としての因果関係を例に考えてみましょう。

 

「刑法上の構成要件としての因果関係の考え方には,条件説,相当因果関係説があり,条件説では因果関係の認められる範囲が広すぎて妥当でなく,したがって相当因果関係説が妥当である,また,相当因果関係説の中には主観説と客観説があるところ,行為者の属性により因果関係の有無が変わるのはおかしいから客観説が妥当である。」

 

という論証。学説の争いを前提に論じているが私は論理的でないと感じます。学説の対立に関する所与の前提が多すぎ,この論証の中でロジックが完結しないオープンスペースが大きく,前提概念の導入が多すぎるからです。

 

それよりもむしろ,

 

「刑法上の構成要件としての因果関係は,『あれなければこれなし』という関係があるだけでこれを認めることはできない。異常な因果経過を辿っても因果関係が認められてしまい妥当でないからである。あれなければこれなしという関係に加えて,相当な因果経過を辿ったものに限ると解すべきである。その相当因果関係の判断は,行為と結果との間に介在している事情の寄与度と異常性を勘案して決すべきである。」

 

この方がロジックがクローズドで説得力があると考えられます。

 

Not A but Bではなく,β therefore Bを心がけましょう。

 

「完全に間然することなきロジック」は現実にはあり得ないのですが,学説ではなく常識に立脚した論理を,また,行ったり来たりしないシンプルですっと入る論理を目指したいものです。実社会でも必ず役に立ちます。

法科大学院ランキング・司法試験情報で60000アクセス!

運営報告です。

 

 

ブログを始めて2年あまり,先日累計60000アクセスに到達しました。

 

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いつもこのブログを訪ねてくださっている皆様に厚く御礼申し上げます。

 

 

このブログは,司法試験をメインテーマにしていますが,法科大学院ランキングのコンテンツから一気にアクセス数が伸びました。

 

 

アクセス数について,一時期は1日50件をウロウロしていましたが,最近は,記事も溜まってきたためか,1日100-150件程度はアクセスをいただけるようになりました。

 

 

2017年 司法試験 合格者・法科大学院別ランキング - k's point of view

 

 

2016年司法試験合格者・法科大学院別ランキングを見て思うこと - k's point of view

 

 

今年は司法試験関連では,法律関係の書籍や司法試験の勉強法をどんどん紹介していきます。

 

 

今後とも,よろしくお願いいたしします。

 

 

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平等権と自由権どちらを主張するか問題

法の下の平等の保障(憲法第14条)は,自由権財産権・人格権(実体的権利)とは保障の観点が異なることから,実際の憲法問題においては,競合が容易に生じえます。

今回はこの問題について考えてみたいと思います。

 

平等権と実体的権利を考えた場合の組み合わせについては,それぞれ(2通り)の有り無し(2通り)で2×2=4の場合が観念でき,

A. 実体的権利のみの審査が行われる場合

B. 実体的権利が存在するところで平等権のみの審査が行われる場合

C. 実体的権利と平等権が異なる観点から併列的に審査される場合

D. 実体的権利が存在しないところで平等権が適用される場合

が論理的に存在します。

 

ここで,再犯の可能性の高い犯罪類型(性犯罪など)の犯歴を有する人に,(1)学校付近1kmに近づいてはいけない法律,(2)体内にチップを埋め込み公権力で行動監視する法律ができた場合にどういう憲法問題になるでしょうか。

 

 

onlythegoodyoung.hatenablog.com

 

 

(1)に関しては,Bの審査類型が妥当であると考えます。一定の区域への立ち入り禁止ということでは,居住・移転の自由(憲法第22条第1項)の問題ととらえることになると思います。これでは事案の本質をとらえることができません。

※仮にそれがジャーナリストの取材活動が制限されることになった場合直ちに憲法第21条第1項の問題になるか?消極的自由の制限に該当するとは言いづらく,難しいと思います。

Bととらえることで,なぜ犯歴の有無でそこまで居住移転の自由の取り扱いが差別されなければならないか,という平等権に立脚した審査が可能になります。その場合,目的手段審査は,再犯による新たな被害発生防止という目的との関係でその人的対象範囲(人の区別の合理性),場所的対象範囲(規制手法の合理性),時間的対象範囲(規制手法の合理性)などが審査されることになると思います(過剰包摂かどうかの審査)。また,尊属殺刑罰規定違憲判例や尊属傷害刑罰規程合憲判例のように,仮に目的との関係では手段として合理的でも,不相当に重い刑罰ではないかという観点,本件でいえば例えば再犯率統計学的に低いにもかかわらず過剰に規制していないかという,得られる利益と失われる利益・害される権利との比較考量の問題(相当性)も問われることになるでしょう。

さらに,他の犯歴でも同等の再犯率にもかかわらず,性犯罪だけを捉えているとすると,そこでの平等問題も審査されねばなりません。これもすぐれて平等権の固有領域でしょう(過少包摂から「不正な動機」を判定する審査,すなわち「性犯罪者に対する特種の偏見・嫌悪からの規制と推測できるのではないか」という問題設定)。

 

(2)に関しては,Cの審査類型が妥当と考えられます。人体を侵襲し,終生不変のチップを埋め込むことに対する個人のアイデンティティ問題(残虐な刑罰(憲法第36条)に該当する可能性があると考えられます)や,個人のプライバシー侵害(憲法第13条後段の幸福追求権)などの実体的権利の問題になりうると考えられます。

さらに平等権の問題として,過剰包摂の問題,過少包摂の問題,相当性の問題が審査されることに固有の意味があるでしょう。ただ,相当性の問題がほぼメインということであれば,実質的には実体的権利侵害の審査と近くなることは否めません。

 

補足すると国籍法はDの問題ということになると思います。

 

最後に,Bについて,実体的権利を云々せずとも平等審査の枠組みで充分な尊属卑属関係における刑罰加重の事例の他に,考えられるものがあります。

それは憲法第14条第1項後段列挙自由に基づく区別で特に人種に基づく区別の場合です。

この場合には,人種差別の歴史への反省を踏まえ,また,人種による能力差や性格差や価値の優劣を想定することを断固拒否する「個人の人格の根源的平等の思想」の根本に反するものといえ,絶対的禁止になると解され,その論理的帰結として実体的権利云々のCを敢えて問いに設定すること自体,「『実体的権利の有無で差別の許容範囲が違う』ということを含意する」ことになってしまい,憲法の歴史・思想をわかっていないということになるように思います。従ってこのような理由でBとなる場合があると考えられます。

付言すると,人種の場合は黒人専用トイレのように「区別すれども平等」も違憲となります。この場合はDの類型です。

 

 

「憲法上の権利」の作法 第3版

「憲法上の権利」の作法 第3版

 

 

憲法 (新法学ライブラリ)

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